息子を取られた日
息子が結婚すると聞いたとき、嬉しいという気持ちの裏に、はっきりとした焦りがありました。あの子が作ったお弁当を「うまい」と言う息子を見たとき、胃の奥がじわりと熱くなりました。私が何十年もかけて覚えさせた味が、あっという間に上書きされていく。そんな気がしたのです。
息子は昔から私の生姜焼きが一番だと言ってくれていました。あの子と暮らし始めてからも、義実家で食べるたびに「やっぱり母さんの味だな」と言う。その言葉だけが、私をつなぎ止めていました。
最初は偶然だった
冷凍していた肉の期限が切れていることに気づいたのは、ある訪問日の朝でした。買い直す時間はなく、「火を通せば大丈夫」と自分に言い聞かせて出しました。「今日もたくさん作ったから、遠慮しないでね」。いつもどおりに振る舞いました。
あの子が食後に少し顔色を悪くしているのに気づいたとき、胸がざわつきました。でも同時に、ほんの小さな満足感がありました。あの子にできないことが、私にはある。あの子が気づかないうちに、私のほうが息子のそばに残れる。そう思ってしまったのです。それが始まりでした。
