釜山国際映画祭の観客賞やトロント国際映画祭のプラットフォーム・コンペティション部門で最優秀賞を受賞するなど、世界中の映画祭で31の章 を受賞した映画『Riceboy ライスボーイ』。舞台は1990年代のカナダ・バンクーバー。パートナーを失くし、未婚の母となったソヨンと息子ドンヒョンは韓国からバンクーバー郊外に移住。ソヨンは工場で働きながら、言葉や文化の壁、人種差別に直面する中、懸命にドンヒョンを育てていく。自身も8歳で韓国からカナダに移住した経験を持つアンソニー・シムが監督と脚本を手がけた。ソヨンを演じたのは、韓国を拠点に俳優のみならず、ダンサー、振付師としても活動しているチェ・スンユンだ。16ミリフィルムの柔らかな質感による繊細な映像を通して、自らのルーツを肯定したくなる強い共感性を宿した本作について、アンソニー・シム監督とチェ・スンユンにインタビューした。
――監督はご自身のバンクーバーへ移住した経験をもとに『Riceboy ライスボーイ』 を制作したそうですが、映画にする上で大事にしたことは何ですか?
アンソニー・シム:これまでのハリウッド映画ではアジア系の移民というものは、とても一面的に描かれることが多かったので、多面的に描き、リアルに映るように意識しました。母と息子のストーリーが軸にある作品なので、ソヨンとドンヒョンのキャラクター造形に最もこだわりました。2人の関係性、愛や葛藤や怒りがリアルに見えないと作品として成り立たない。脚本を執筆する段階で、その点にとても気を付けて書き進めていきました。
――監督の場合はお父様がガンで亡くなったそうですが、母と息子の物語にしたのはどうしてだったのでしょう?
シム:『Riceboy ライスボーイ』 はソヨンがパートナーを失ったところから始まります。私の場合、おそらく父を亡くさなければ母がどんな悲しみや葛藤を抱いているかを理解できなかったと思いますし、どんな人生を歩んできたかっていうことに想いを馳せることはなかったと思うんです。それまでの私は自分の幸せや自分の悲しみのことしか頭にありませんでした。父の不在が私と母の関係性をとても強固なものにしたのです。だからこそ『Riceboy ライスボーイ』 を母と息子を中心に据え、親子がお互いを思い合い、時には傷つけ合ってしまうという物語にしようと思いました。
――スンユンさんは脚本を読んでどう思いましたか?
チェ・スンユン:私はどこかの国に移住した経験もなければ子どもを持った経験もないので、最初に読んだ時はそこまで強く共感することはできませんでした。ただ、母に対する想いには共感することができたんです。
――ソヨンは息子のドンヒョンに対して愛情と厳しさを持ちながらもとても芯のあるキャラクターです。どのようにしてソヨンのキャラクター像を作っていったのでしょう?
スンユン:“母”という要素が前面に出ることは避けようと思いました。それよりも、ソヨンという人物がどんな人なのかということを前に出したかった。脚本に書かれた時代背景を踏まえると、私の母若しくは祖母が生きた時代の女性だということがわかるので、初めて自分の母親と祖母に、若い頃、どんな風に過ごして何を考えていたかということを訊きました。さらに、その時代の韓国映画をたくさん観たり、流行っていた音楽を聴くことで当時の情緒を体に刻み込んでいきました。ソヨンがその時代を生きた女性に映るよう多くの努力をしました。
――ソヨン像を作っていく中で監督とはどんなコミュニケーションがあったんですか?
スンユン:監督は方向性を具体的に定めるような役作りを求めませんでした。ソヨンっていうものを作る私に対して、たくさんの質問を投げかけてくれたんですね。例えばソヨンと勤務先の工場で出会ったサイモンがソヨンの家で音楽に合わせて踊るシーンにおいて、「ソヨンはどういう音楽をかけると思う?」と質問してくれ、そこで私は「ソヨンはどんな音楽が好きなのだろう? 生活が豊かなわけではないからカナダでレコードを買うのは難しいかもしれない。韓国から持ってきたレコードの中でどんな音楽を選ぶのだろう?」という風に考えていきました。そういった思考を積み重ねることで、私ならではのソヨンを作り上げることができたと思います。
シム:前提として、役に合ったキャスティングをすることが大事だと思っていて、キャスティングがうまくいっていれば、俳優が役に息をしっかりと吹き込んでくれるものだと信じています。もちろん役がどう動くかということは脚本に盛り込まれていますが、細かく決め込み過ぎると演技は良くならない。ここでこの役はどのように感じ、どのような動きをするかっていうことを俳優と対話しながら役を作っていきます。
――アプローチに迷ったり苦労したシーンはありましたか?
スンユン:今作は私のキャリアの中で一番大きなお仕事だったのでとてもプレッシャーがあったのですが、時系列に沿って撮影してもらったので助かりました。それによって、物語が自然と血肉化され、役に入り込み、感情を積み重ねることができました。正直に一番苦労したことをお伝えすると、カナダでの撮影期間中、韓国の自宅で飼っている2匹の猫を誰に預けようかということでした(笑)。
シム:複数の子役の出演シーンはとても大変でした。特に、幼少期のドンヒョンが他の子どもたちからからかわれる公園のシーンは苦労しました。子どもは全くコントロールができない野犬を放つようなものだなと(笑)。しかも、子役を働かせる場合、1時間の中で15分の休憩を挟まないといけないというカナダの法律があって、45分撮影しては15分の休憩というスケジュールを組まざるを得なかった。ほぼ撮れていない時もありましたね。当初の脚本通りに撮影することは諦め、単に子どもたちが遊ぶっていうシーンに書き換えて、編集でどうにかしようと判断したこともありました。取れ高が少なかったので編集もとても大変でした。ただ、幼少期のドンヒョンを演じたドヒョン・ノエル・ファンはずっと素晴らしかったです。
――終盤の山のシーンでは美しい夕日が山に映るところがとても示唆的でした。あのシーンを撮るためにあのロケーションを選んだのでしょうか?
シム:そうではありません。あの山は私の家族が所有していて、私の祖先のお墓がある山で、お墓のシーンを撮るためにあの山を選びました。ソヨンとドンヒョンが山を下っていくシーンは最初寄りで撮ろうと思っていたんですが、撮影監督の助言もあり、引きで撮ることにしました。結果的にソヨンとドンヒョンの心境に完璧にリンクする画になりましたし、ちょど夕日が出て「完璧だ」と思い、あのシーンを最後に持っていくことにしました。であれば、朝日が昇るシーンをオープニングにしようと思ったんです。あの夕日のシーンを撮るチャンスは1度きりだったのですが、何とか成功しました。
――スンユンさんは完成した映画を見て、どんなメッセージを受け取りましたか?
スンユン:最初は自分の演技が気になって集中して観ることができませんでした。その後、映画祭に出品された時にも観る機会があったのですが、この映画は私のキャリアにとって最大の作品となるだけでなく、多くの方々が共感してくれる作品だと感じました。観客の方々がどんな気持ちでこの作品を観ているかということを共に感じることができたんです。
――本作はトロント国際映画祭のプラットフォーム・コンペティション部門で最優秀賞を獲る等、いくつもの映画祭で大きな反響を呼んでいます。特に印象的だった反応というと?
スンユン:トロント国際映画祭は緊張して一人では立っていられないくらいだったので、ドンヒョン役のイーサン・ファンと手を繋いでいました。本編が終わり、エンドロールが流れている時、たくさんの方が10分くらいスタンディングオベーションをしてくれたことにとても感激しました。
シム:今作は私にとって2作目の長編監督作なのですが、1作目の『Daughter』はあまり良い評価を得られませんでした。しかし、『Riceboy ライスボーイ』 はさまざまな方に受け入れていただき、感動してもらえたことにまず驚きました。一般の観客の方だけでなく、映画関係者にも高い評価をしていただけた。まだ信じられません。韓国人、アジア系の方、シングルマザー、移民といったバックグラウンドを持っていない方にも観ていただけて、例えば「自分の母のことを思い出した」といったリアクションをもらえたのはとても嬉しいです。
――監督は是枝裕和監督の作品がお好きだということですが、どんな影響を受けていると思いますか?
シム:たくさんあります。まず、是枝監督の映画は人間ドラマでありながらコメディの要素もあるところが素晴らしい。家族の関係を徹底的に描いていますが、常に新鮮な切り口で描き続けているところも素晴らしいです。私が特に好きなのが、『歩いても 歩いても』と『海よりもまだ深く』です。あまりこの2作品を挙げる人は少ないかもしれませんが、ストーリーがとてもシンプルで、登場人物は何かに秀でているわけではないけれど、だからこそ親しみを感じます。人々が感じる喜び、ユーモア、おかしみ、ちょっとした哀愁が描かれていてこれぞリアルな人生だなと思っています。一方で、スーパーヒーローが出てきたり、ドラマティックな展開がある作品にはあまり惹かれません。
――スンユンさんは好きな日本映画はありますか?
スンユン:高校生の頃からたくさんの日本の映画やドラマを観てきたので、日本の文化から多くの影響を受けています。是枝監督の作品も大好きですし、濱口監督の作品も好きです。好きな俳優は安藤サクラさんです。『万引き家族』はとても好きな映画です。また、ホン・サンス監督との繋がりでトロント国際映画祭では加瀬亮さんと写真を撮ってもらいました。高校生の時はドラマ『きみはペット』を観て松本潤さんが好きになりました。
シム:トロント国際映画祭で是枝監督に偶然お会いできたんです。目の前に是枝監督が現れた瞬間、興奮して覆いかぶさるように近づき、英語で「あなたの大ファンです」と勢いよく喋ってしまってポカンとされました(笑)。愛が溢れすぎてしまったんですよね。でも隣の通訳の方が気を遣って訳してくださり、理解してくれたようでした。是枝監督は多くの映画関係者からそのようなメッセージを伝えられていると思うのですが、とても優しく接してくれたんです。ちなみに私の友人も同じように是枝監督に熱く想いを伝えていました(笑)。
映画『Riceboy ライスボーイ』公開中
© 2022 Riceboy Sleeps Production Inc.
【インタビュー・執筆】小松香里
編集者。音楽・映画・アート等。ご連絡はDMまたは komkaori@gmail~ まで
https://x.com/komatsukaori_ [リンク]
https://www.instagram.com/_komatsukaori/ [リンク]
