【モデルプレス=2026/04/14】上野のキャバクラ「Club蓮 上野」で活躍するキャバ嬢・ひかり。滋賀県から京都・祇園へ通い夜の仕事をスタートさせた彼女は、母親の言葉をきっかけに上京を決意。しかし、最初に働いた六本木のお店では挫折を経験し、1年間の休養期間を過ごすことに。そこからどのように立ち直り、現在の人気を獲得したのか。上京のきっかけから、人間関係の築き方、そして夢を叶える秘訣を聞いた。【インタビュー全2回の1回目】
◆バー開業の資金集めからスタート…キャバ嬢がバレた母の一言
― まずは夜のお仕事を始めたきっかけを教えてください。
ひかり:元々自分でバーを開きたくて、その資金集めと集客目的で始めました。19歳の時に、実家のある滋賀県から京都の祇園に通い始めたんです。
― 夜のお仕事に対して抵抗や不安はありませんでしたか?
ひかり:なかったですね。高校の時から「そうなるんだろうな」と思っていて、周りに働いている人がいたわけではないですが、やりたいことがバーくらいしかなくて始めました。祇園で3年くらい働いて、それから東京に来ました。
― 上京のきっかけは何だったのでしょうか?
ひかり:母がきっかけでした。最初、内緒で実家から通いながらキャバクラで働いていたんですが、部屋でお給料明細を見られてしまって。怒られると思ったんですけど、逆に「めっちゃ頑張ってるやん。なんで京都なん。東京行ったらいいのに」と勧められたんです。
◆京都と東京の違いと、接客スタイルの変化
― 京都と東京で、お客さんの層や接客に違いは感じますか?
ひかり:東京の方がやりやすいかもしれません。六本木や銀座などへ飲みに行く方は使い方が派手な方もいて、売り上げ的にも上京して上がりました。
― キャバ嬢として一番成長したと感じる瞬間はいつですか?
ひかり:「今」ですね。関西時代から知ってくれている方もいましたけど、上京してSNSを始めたことで関東の方にも知ってもらえて。京都時代のお客さんで、遠くて行けなかったけど東京なら行けると言って会いに来てくれる方もいます。
― 接客のスタイルで気をつけていることはありますか?
ひかり:接客スタイルはずっと変えていません。売り上げを気にしすぎるとしんどくなるので、それよりもストレスフリーな方と一緒にいることを大事にしています。
◆「依存しすぎんなよ」キャラクター作りをやめて素になれた瞬間
― これまでの人生で、ターニングポイントになった出来事や言葉はありますか?
ひかり:祇園で働いていた20〜21歳くらいの時に、お店の上の人から「あんまり人に依存しすぎんなよ」と言われたことです。いいお客さんでも何年もずっと指名してくれるわけじゃないから、いざ離れた時に自分が苦しくなるよ、と。当時はお客さんが離れることにすごく焦っていて、自分をいいように見せようとキャラクターを作って頑張っていたんです。
― その言葉で接客が変わったんですか?
ひかり:はい。「どうせいつか切れるんやったら、元から素でいった方がいい」と吹っ切れて、「素」を出すようになっていきました。そしたら逆に「キャバ嬢っぽくないね」と言われて売り上げも伸びたんです。それから接客スタイルは変わっていませんね。
◆六本木での挫折と1年間のニート生活を経て
― 人生で特に悲しみや怒り、挫折を感じた瞬間、辛かった経験を教えてください。
ひかり:上京してすぐに入った六本木のお店を一瞬で辞めてしまったことです。京都で頑張ってきたので、ある程度のプライドを持って入ったんですが、運悪くきついお客さんに当たってしまって。加えて、周りのインフルエンサーみたいな可愛くてスタイルが良くてお酒も飲めるキャストさんたちを見て自信をなくし、「ここじゃないかも」と思って辞めました。
― そこからどうやって立ち直ったんですか?
ひかり:辞めてから1年くらいニートをしていたんです。やりたいことを全部やるプライベートの時間を過ごしていたんですが、ふと「東京に住んでいるのに何してるんだろう。このままでいいのか」と我に返って。キャバクラとは何かを改めてゆっくり考えて、もう1回ちゃんとやろうと火がつきました。
以前から「Club蓮 上野」は知っていたので、自分で連絡して入店しました。蓮は女の子を最優先に考えてくれて、女の子同士が揉めないルールがしっかりあるんです。今は辞めたいと思うことも全くなく週5で楽しく働いています。
◆ひかりの夢を叶える秘訣
― モデルプレス読者で今夢を追いかけている読者がたくさんいます。ご自身の夢を叶える秘訣を教えてください。
ひかり:「あんまり深く考えずに行動すること」です。やってみないと分からないことが多いので、一旦行動してみる。私は元々すごくネガティブで腰が重いタイプだったんですが、考えてもいいことはないと気づきました。年々「人生1回きりだ」と思うようになって、後になって後悔するより、若いうちに行動しようと思えるようになったんです。
― そう思えるようになった原動力はなんですか?
ひかり:広い世界を見たかったんです。私の地元は琵琶湖とコンビニくらいしかないような田舎だったので、都会への憧れが今に繋がっているんだと思います。
― ありがとうございました。
田舎の小さな町から、憧れの都会へ。自身の弱さや挫折と向き合い、1年間の休息を経て再び立ち上がったひかり。自分を飾り立てることをやめ、「素」の魅力で勝負する彼女の軽やかな行動力は、これからも多くの人を惹きつけていくのだろう。(modelpress編集部)
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