マイケル・ジョーダンとスコッティ・ピッペンは、NBA史に名を残す最強デュオのひとつだが、近年は確執が取り沙汰され続けてきた。シカゴ・ブルズ時代のチームメイトであるビル・ウェニントンは、2人の関係修復に向けてアドバイスを送っている。
ブルズはジョーダン&ピッペンを中心に1991~93年、96~98年に2度の3連覇を果たした。歴代屈指のオールラウンダーであるピッペンが、超絶スコアラーのジョーダンを支えるなど、当時は阿吽の呼吸を見せ、リーグを席巻した。
しかし、現役を引退して20年近くが経過した2020年以降に確執が表面化。同年に公開されたブルズ黄金期の舞台裏を追ったドキュメンタリー『ザ・ラストダンス』で、ジョーダンが必要以上に好意的に描かれていたことにピッペンが不快感を示すと、翌年に発売された自伝『Unguarded』で「ジョーダンは自分を美化する一方で、私をはじめとしたチームメイトには十分な称賛を与えなかった」と名指しでかつての相棒を批判したのだった。
控えセンターとして後期3連覇を経験したウェニントンはポッドキャスト『The Good Shepard』で、93年から6年間在籍したブルズ時代を振り返った。
「当時、我々には“ブレックファースト・クラブ”と呼んでいた集まりがあった。スコッティ、ロン・ハーパー、ランディ・ブラウンらはマイケルの家に行って、そこでトレーニングをしてから、練習前に皆で朝食を食べていた。それが恒例の習慣だった。彼らは仲良くやっていたよ」
お互いに実力者ゆえ、コート上でハイレベルな要求が行なわれることも当然あったという。
「マイケルも言うまでもなく素晴らしいチームメイトだったが、全員に持てる力を最大限に発揮することを要求した。もし良いプレーができなければ、その選手を必要としない。マイケルの究極の目的は勝つことで、もし勝利に貢献できないなら、マイケルはその選手をより良くして勝たせるか、さもなければ追い出すか居心地を悪くして去らせようとする。
スコッティもマイケルと同じくらいハードに自分を追い込み、周囲を鼓舞したが、彼はマイケルの“嫌われ役”に対する“なだめ役”のような存在だった。それが上手く機能していた。フィル・ジャクソン(ヘッドコーチ)もその関係性を上手く利用していた」
当時は、ジョーダンが主導権を握れるように、セカンドオプションの役割を受け入れることも厭わなかったピッペン。ウェニントンは2人の関係修復を「心から願っている」と語った。
「今のこの対立を煽っているものこそが、かつて彼らをあれほど偉大にした要因でもあると理解している。彼らが持つ強さであり、意志の強さ、そして誰よりも優れていたいという欲望がね。もし私が彼らを一部屋に呼べるなら、1分間、お互いの顔を見つめ合わせたい。そして、自分たちがもう30代前半ではないということを悟らせたい。
(60代になって)我々の人生の大部分はもう過ぎ去った。そして、我々がともに成し遂げたことは、我々がいなくなった後もずっと語り継がれていく。あの優勝バナーが(本拠地の)ユナイテッド・センターにある限り、仮にブルズがどこへ移転しようとも、永遠に掲げられ続ける。でも、我々自身は永遠ではないんだ」
現在62歳のウェニントンは、かつてのチームメイトと再会するたびに当時の思い出が蘇り、「年を重ねるほど、あの瞬間がいかに特別なものだったかに気づかされる」と話す。
「誰にでも、怒りに任せて心にもないことを言ってしまうことはある。でも、それによって相手を傷つけてしまうこともある。我々はもう若くない。仲間を失うことだってある。
手遅れになる前に、過去のわだかまりを捨てなければならない。誰かがいなくなった後に、『あの時こう言っておけば良かった』と後悔することだけは避けるべきだ。ともに戦った仲間こそが、人生を特別なものにしてくれるのだから」
ジョーダンとピッペンがかつてのようにお互いに笑い合える日が訪れることを、ウェニントンは切に願っていた。
構成●ダンクシュート編集部
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