
【W杯回顧録】第15回大会(1994年)|「もう足に力が残っていなかった」PK戦に泣いたR・バッジョ。日本の“ドーハの悲劇”にマラドーナ追放、ブラジルが24年ぶりの頂点に
北中米ワールドカップが6月11日に開幕を迎える。4年に一度、これまでも世界中のサッカーファンを魅了してきた祭典は、常に時代を映す鏡だった。本稿では順位や記録の先にある物語に光を当て、その大会を彩ったスター、名勝負、そして時代背景などをひも解いていく。今回は1994年の第15回大会だ。
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●第15回大会(1994年)/アメリカ開催
優勝:ブラジル
準優勝:イタリア
【得点王】フリスト・ストイチコフ(ブルガリア)、オレグ・サレンコ(ロシア):6得点
サッカー不毛の地、アメリカでの開催は、普及活動を掲げて欧州以外の国からの支持を集めてきたジョアン・アベランジェFIFA会長の強い意向により実現した。
24か国出場枠での最後の大会は、「狭き門」を象徴するように大陸予選から様々なエピソードが生まれた。日本では大会前年にJリーグが開幕し、代表チームも初の外国人プロ監督ハンス・オフトを迎えて環境が激変した。「日本をワールドカップへ連れていくのが私の仕事」と宣言したオフトは、1992年に東アジアとアジアのタイトルを連続して獲得し、本命視されてカタールのドーハで集中開催の最終予選に臨んだ。
2戦目にイランに敗れ崖っぷちに立たされるが、続く北朝鮮戦と韓国戦を連勝。最終戦でイラクに勝てば本大会出場を決められる優位な状況を築いた。だが、2-1とリードを保ったアディショナルタイムに、イラクがCKを獲得。おそらく跳ね返せば終了のホイッスルが鳴るタイミングで、イラクに同点ゴールを許してしまう。日本は土壇場で「悲劇」に見舞われ、韓国が逆転で奇跡的な3大会連続出場を決めた。
欧州では次期開催国で優勝も狙えるメンバーを揃えたフランスが、パリでの最終戦の土壇場でブルガリアに逆転弾を許し敗退した。また前回準優勝のアルゼンチンは、コロンビアに0-5と大敗。王様ペレは「コロンビアこそが優勝候補」と絶賛した。結局、アルゼンチンは、オーストラリアとの大陸間プレーオフに回り、麻薬使用でセリエAから追放されたディエゴ・マラドーナを復帰させて本大会への切符を手にするのだった。
アメリカン・フットボール仕様のスタジアムの収容力のおかげで、本大会では1試合平均最多の6万8592人の集客を記録した。しかし、普及対象国のアメリカが、地球最大のスポーツの祭典の舞台として相応しかったかは疑問だった。
ワールドカップ開催時は、NBAやNHLが佳境を迎え、アメフトのスーパースターだったO・J・シンプソンに夫人殺害容疑がかけられて警察とのカーチェイスを展開。テレビのチャンネルは完全にそちらに占拠され、ワールドカップ開催中に公共の場でサッカーの映像が楽しめない大会となった。テレビ中継も欧州がメインターゲットなので、現地では酷暑の日中に開催され、気温は40度近くに到達することもあった。
前回のイタリア大会では、ゴールが少なくカードが乱発されたため、危機感を抱いたFIFAはいくつか打開策を打ち出す。勝利ポイントは「2」から「3」に変更され、オフサイドもプレーに関与しない選手には適用されないことになり、終盤戦で重要な意味を持つことになった。
大会序盤では、アジア勢の善戦がさざ波を立て、南米2か国の事件が大きな波紋を呼んだ。酷暑の我慢比べのような環境は、こうした気候に慣れたアジア勢を後押しした。アジア地区最終予選を首位通過したサウジアラビアは、2戦目でモロッコを下し、同大陸としては1966年大会の北朝鮮以来の勝利を飾ると、3戦目でもサイード・アル=オワイランの60メートルドリブルシュートが決勝点となりベルギーを破ってベスト16に進出する。
また韓国も、スペイン、ボリビアと分け、GL最終戦では0-3から猛暑でグロッキー状態に陥ったドイツを1点差まで追い込んだが、惜しくも敗退した。
初戦で注目を集めたのは、復帰したマラドーナが予想以上に充実したパフォーマンスで鮮やかなゴールも決めたアルゼンチンだった。ガブリエル・バティストゥータのハットトリックもあり、ギリシャには4-0の快勝。2戦目もナイジェリアを2-1で下して一躍優勝候補に浮上する。
ところが試合後のドーピング検査で、マラドーナからエフェドリンが検出され永久追放の処分がくだる。象徴的存在を失い暗転したアルゼンチンは最終戦を落としてグループ3位に転落し、ラウンド(R)16でもゲオルゲ・ハジを擁すルーマニアに2-3で競り負けて大会を去った。
一方ペレが優勝候補に推したコロンビアも、開幕からルーマニア、アメリカに連敗。アメリカ戦で先制のオウンゴールを提供してしまったアンドレス・エスコバルが、帰国後に射殺される前代未聞の痛ましい事件が起こった。
大会を通して最も劇的なシナリオを紡いだのは、前回自国開催で3位に終わったイタリアだった。ミランで独特のプレッシングスタイルを確立し、欧州チャンピオンズカップ連覇に導いたアリゴ・サッキを監督に据えたが、思うようなパフォーマンスを引き出せず、初戦ではアイルランドに0-1で敗戦。続くノルウェー戦は背水の陣になるのだが、20分過ぎに守護神のジャンルカ・パリウカがエリア外の反則で退場になってしまう。そしてサッキ監督が代わりのGKルカ・マルケジアーニを送り込むために下げたのは、前年バロンドールを受賞しているロベルト・バッジョだった。試合後にサッキは弁明した。
「ピッチには常に走り回れる10人が必要だった。バッジョについての決断は、すべてバッジョのためを考えてのことだ」
実際、バッジョは右足を痛めて完調ではなかった。だがさすがにスタンドはどよめき、見渡す限り誰もが目を見開きポカンと口を開けていた。しかしそれでもイタリアは攻勢に出て、69分にジュゼッペ・シニョーリのFKをディノ・バッジョが頭で叩き1-0で勝ち切る。ただし酷暑下で瀬戸際の戦いを繰り広げた代償は大きく、守備の要フランコ・バレージが半月板を損傷して緊急手術を受けることになるのだった。
グループ3位のイタリアは、同順位の中でも6か国中4位だったので16番目(最下位)のGL通過だった。さらにR16でもナイジェリアに先制を許し、追いかける展開を強いられた。しかも75分には、交代出場したジャンフランコ・ゾラが、相手からフェアにボールを奪っただけなのに、メキシコのアルトゥーロ・カルテル主審が一発退場を宣告してしまう。
しかし終了2分前、ロベルト・ムッシの横パスを受けたR・バッジオが左隅に流し込み起死回生の同点ゴールを決める。さらに延長戦に入ると、アントニオ・ベナリーボに浮き球のパスを届けてPKを誘発。自ら起点となって獲得したPKを、しっかりと左隅に決めてベスト8に導いた。続く準々決勝でも1-1から終了3分前に、シニョーリのパスを受けたR・バッジョが、GKをかわして角度のない位置から決勝ゴール。不調だったGLの期間中には、ガソリンスタンドにある等身大の看板が焼かれ、自宅には泥棒が入る被害にもあったが、一転してヒーローとして崇拝されるようになった。
優勝候補のブラジルは、R16で大きな危機に直面した。7月4日、対戦相手は独立記念日を迎えた開催国のアメリカだった。アメリカを指揮するのはボラ・ミルチノビッチ。過去2大会のメキシコ、コスタリカに続き、異なる3か国を立て続けにGL突破に導いていた。
前年にイングランドを下すなど進境著しいアメリカが、世紀の大番狂わせを演じるための舞台は整っていた。スタジアムでは「U・S・A!」のコールが終始響き渡り、ブラジルは前半終了間際にレオナルドの肘がタブ・ラモスにヒットしてしまい退場になる。だが10人になってからは、ブラジルが底力を見せた。相手に隙を与えずに主導権を握り続け、72分にベベートがゴールを陥れ決着をつけた。
カルロス・アルベルト・パレイラ監督が率いるブラジルは、守備的なバランスを取りながらロマーリオ、ベベートの得点力に託す手堅い戦い方を続けていた。オランダとの準々決勝では後半まで均衡が保たれたが、53分にロマーリオが先制すると、その10分後にはオフサイドポジションにいたロマーリオがボールに関与せず、代わって飛び出したベベートが抜け目なくゴール。1度は2点差を帳消しにされるが、最後はレオナルドに代わって出場機会を得た同じレフティのブランコがFKを直接決めて突き放す。準決勝も守備を固めるスウェーデン相手に攻めあぐんだが、終了10分前にロマーリオのゴールで振り切った。
過去5度の出場で未勝利だったブルガリアは、準々決勝でドイツに逆転勝利を収め、大陸予選でフランスを下した実力を証明した。同国史上でも飛び抜けてタレントが揃い、フリスト・ストイチコフは、カメルーン戦で1試合5ゴールの記録を作ったロシアのオレグ・サレンコと並び、6ゴールで得点王を獲得。しかしそのブルガリアの快進撃も、準決勝でR・バッジョが2ゴールを挙げたイタリアが止めた。
ノックアウトステージを全て1点差で勝ち抜いたイタリアは、過酷な状況に直面していた。準決勝2試合は同日開催だったが、決勝の舞台と同じロスで戦ったブラジルは、現地に居座り、中3日間をしっかりと休養に充てることが出来た。一方イタリアは、ニューヨークからの移動に丸1日を費やすことになり、右足の状態が良くないR・バッジョと、膝の手術を受けたバレージは、試合直前までピッチに立てるかどうか判らなかった。
現地時間で12時半キックオフの決勝は、互いに隙を作らず120分間の消耗戦になった。イタリアは、膝の手術を経て決勝のピッチに間に合わせたバレージが、水際立った対応で引き締める。だがブラジルも、ボランチのドゥンガ、マウロ・シルバや、CBコンビのアウダイール、マルシオ・サントスと幹が堅固で、前半故障で退いたジョルジーニョの穴は交代のカフーがしっかりと埋めて層の厚さも示した。
結局互いに疲労が蓄積し、足が攣る選手が続出した伝統国同士の決勝は、史上初めてスコアレスのまま終わりPK戦に決着を委ねられる。
イタリアは、2人の功労者の足が限界を迎えていた。まず1人目のバレージのキックが枠を超えてしまい、ショックのあまりに崩れ落ちる。ブラジルもマルシオ・サントスが止められるが、イタリアは4人目のダニエレ・マッサーロも失敗。後蹴りのブラジル4人目のドゥンガが右隅に決めて派手なガッツポーズを作ると、イタリアは5人目のR・バッジョがスポットへと向かった。だが次の瞬間、R・バッジョのキックもクロスバーを高々と超えて、ブラジルの4度目の優勝が決まる。
「普段は抑えて蹴るが、もう足に力が残っていなかったので思い切り蹴ったんだ…」
ブラジルが24年ぶりに頂点に立ち歓喜を爆発させるのを背に、R・バッジョはがっくりと膝に手を置いた。
文●加部究(スポーツライター)
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