九州は福岡を根城とする福博会で代替わりがあり、その「継承盃儀式」が挙行された。その席には六代目山口組の竹内照明若頭をはじめとする最高幹部らが駆けつけ、組織新生の瞬間を見守った。この背景には両団体が親戚関係にあることのほかに、周囲にはうかがい知れない「深淵なる理由」があったのだ。
大安吉日の4月9日、山口県下関市は早朝から生憎の小雨模様だった。だが、本誌が向かった同市内の八代目合田一家(新井鐘吉総長)本部は、実に晴れがましい雰囲気に包まれていた。1階駐車スペースの内壁一面に紅白幕が張り巡らされ、中央に紅白一対の胡蝶蘭が鎮座していた。
まさに、ここで五代目福博会(福岡)が継承盃儀式を挙行しようとしていたのだ。ヤクザ事情に詳しいジャーナリストが解説する。
「今年1月に福博会の四代目、金城國泰会長が急逝して、同月22日の葬儀には六代目山口組(司忍組長)をはじめ全国の諸団体から弔問が相次ぎました。その直後に福岡市内の福博会本部が昨年11月に売却されていたことが一斉に報じられたのです。そのため、縁あって合田一家が本部を式場として提供し、式典を取り仕切ったようです。いまだ警察当局は福博会がどこを本部として使用しているのか見定めている最中の継承式となったのです」
そのため、儀式当日の合田一家本部周辺には福岡、山口、長崎など7都県の警察本部から捜査員約30人が詰めかけ、監視の目を光らせていた。そんな中、式場に動きが見られたのは、午前10時20分頃のこと。
礼服に身を包んだ福博会と合田一家の最高幹部らが1階駐車スペースに姿を見せたのだ。すると、紋付羽織袴姿の合田一家・新井総長が現れたのに続いて、この日の主役である五代目福博会・光田孝会長が姿を現した。まとった白い羽織には福博会の代紋があしらわれ、早くも組織を受け継ぐ覚悟を感じさせた。
一同が駐車スペースに整列。程なくガード車両を伴った高級ワンボックスが到着する。後部座席から降り立ったのは、六代目山口組・竹内照明若頭(四代目弘道会総裁)であった。光田会長に一声かけて挨拶をすると、足早に式場内へと入っていったのだ。
そして、午前11時頃から継承盃儀式が始まった。
「竹内若頭は後見人として列席。竹内若頭の到着の約2時間前に式場入りしていた青山千尋最高顧問(二代目伊豆組組長)と生野靖道若頭補佐(四代目石井一家総長)が、それぞれ取持人と検分役を務めたそうです。推薦人には合田一家の新井総長が就き、福博会と合田一家最高幹部らが見届人や立会人となり、新たな当代の誕生を見守った。媒酌人の合田一家・阪本紘本部長の指揮のもと、儀式は粛々と進み、光田会長が盃を飲み干すと、式場は万雷の拍手に包まれたそうです」(ジャーナリスト)
午後1時を回ると、予定されていた式次第を滞りなく終えたのだろう。列席者が退場してくる。竹内若頭らを見送る光田会長の表情は、儀式前より一層引き締まっているように思えた。
ヤクザにとって現代は、暴排機運の高まりで荒波が渦巻いている。そんな中、新生・福博会は船出したことになる。その表情を見るにつけ、光田会長は自身の舵取りで、いかなる荒波でも乗り越えてみせるという気迫を感じさせたのだ。

