
春のある日、米ニューヨーク州イサカの墓地の地下に、数百万ものハチが棲んでいると聞いたら、少し不気味に感じるかもしれません。
米コーネル大学(Cornell University)の研究チームはこのほど、イサカにあるイーストローン墓地の地下に、約550万匹もの地中営巣性のハチが生息していることを明らかにしました。
しかもこの集団は、単なる「多い」というレベルではありません。
記録されている中でも世界最大級のハチの集団のひとつとされているのです。
研究の詳細は2026年4月13日付で学術誌『Apidologie』に掲載されています。
目次
- 偶然の発見から見えてきた「巨大な地下社会」
- なぜ墓地の地中が「ハチの楽園」になるのか
偶然の発見から見えてきた「巨大な地下社会」
この驚くべき発見のきっかけは、実に日常的な出来事でした。
コーネル大学の昆虫学研究室で働くレイチェル・フォーダイス氏は、駐車料金を節約するため、墓地を通って通勤していました。
2022年の春、彼女はその墓地で異様な光景に気づきます。
地面から次々とハチが現れていたのです。
彼女はその場でハチを瓶に集め、研究室に持ち帰りました。
「墓地のあちこちに、このハチがいるんです」
そうして調べた結果、これらは英名で「レギュラー・マイナービー(学名:Andrena regularis)」という野生のハチであることが判明します。
このハチはミツバチのように巣箱で集団生活をするのではなく、それぞれが地中に巣穴を掘って単独で暮らす「単独性」の種です。
【地中から姿を現したレギュラー・マイナービーの画像がこちら】
研究チームは、この墓地一帯にどれほどのハチがいるのかを調べるため、地面に小型のテント状の「出現トラップ」を設置しました。
これは地中から出てくる昆虫を捕まえる装置で、一定期間にどれだけの個体が現れるかを測定できます。
2023年の春、約1カ月半にわたる調査の結果、16種類・合計3251個体の昆虫が捕獲されました。
その中で圧倒的に多かったのがレギュラー・マイナービーです。
これらのデータをもとに、研究者たちは1平方メートルあたりのハチの数を算出し、墓地全体の面積(約6000平方メートル)に換算。
その結果、この場所には平均で約550万匹、多い場合は800万匹近いハチが生息している可能性が示されたのです。
これは、わずか1.5エーカーほどの土地に200以上のミツバチの巣箱が密集しているのに相当し、都市の人口にも匹敵する規模です。
なぜ墓地の地中が「ハチの楽園」になるのか
ではなぜ、墓地という場所にこれほど巨大なハチの集団が形成されたのでしょうか。
その理由は、墓地という環境の特性にあります。
まず、墓地は非常に静かで人の出入りが少なく、農薬もほとんど使用されません。
さらに地面が掘り返されることも少ないため、地中に巣を作るハチにとっては極めて安定した環境になります。
加えて、この地域には砂質の土壌が広がっており、巣穴を掘りやすいという条件も揃っていました。
さらに墓地から約500メートルの場所にはコーネル大学の果樹園があり、春にはリンゴなどの花が一斉に咲きます。
レギュラー・マイナービーは他の多くのハチ種と違い、成虫のまま冬を越すという珍しい特徴を持っており、春の早い時期に地上へ出てきて活動を始めます。
ちょうどリンゴの開花時期と重なるため、豊富な花粉資源を効率よく利用できるのです。
また、このハチたちは農業にとって非常に重要な役割を担っています。
リンゴやブルーベリーといった高価値作物の受粉に貢献しており、地域経済にも影響を与える存在なのです。
【調査された墓地と採集されたハチの画像がこちら】
見過ごされている「足元の生態系」
実はハチの約75%は、今回のような地中に巣を作るタイプだといわれています。
しかし彼らは目立たず、人目につきにくいため、その実態はほとんど研究されてきませんでした。
チームは、今回のような大規模なハチの集団が、世界中にまだ多く存在している可能性を指摘しています。
そしてそれらの多くが、開発や舗装によって知らぬ間に失われる危険にさらされているとも警告しています。
もしこの墓地が開発されていたら、550万匹もの重要な受粉者が一瞬で消えていたかもしれません。
私たちが普段何気なく歩いている足元には、想像をはるかに超える規模の「もうひとつの世界」が広がっている可能性があります。
今回の発見は、その存在に気づくきっかけを与えてくれるものと言えるでしょう。
参考文献
Scientists Found 5.5 Million Bees Living Beneath a New York Cemetery
https://www.sciencealert.com/scientists-found-5-5-million-bees-living-beneath-a-new-york-cemetery
5.5M ground nesting bees make home in Ithaca cemetery
https://news.cornell.edu/stories/2026/04/55m-ground-nesting-bees-make-home-ithaca-cemetery
元論文
Emergence dynamics and host-parasite associations in a large aggregation of Andrena regularis (Hymenoptera: Apoidea: Andrenidae)
https://doi.org/10.1007/s13592-026-01256-6
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

