
またも過渡期のチームで...松本でJ3降格を経験「半年間で救世主になる難しさを痛感しました」【伊藤翔のサッカー人生⑥】
2025シーズン限りで現役を引退した伊藤翔にロングインタビューを実施。19年のキャリアを振り返ってもらった。全11回のシリーズで、第6回は松本山雅FC時代だ。
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伊藤が2021~25年にかけて横浜FCでプレーし、プロサッカー選手生活のラストを飾ったのは周知の事実。その間の2021年8月~12月まで、彼が当時J2の松本にレンタル移籍したことも、改めて触れておくべきことだろう。
「松本山雅は6月に前任の柴田(峡)さんから名波(浩)さんに監督が代わり、J2残留に向けてギアを上げようとしている状況でした。
そんな時、名波さんが自分に声をかけてくれた。前回も話しましたけど、この年の僕はコンディションがなかなか上がらなくて苦しんでいたんで、試合に出る環境を用意してもらえたことは、心から感謝しています」と伊藤は言う。
松本では確かにコンスタントに試合に出場した。8月9日のブラウブリッツ秋田戦での途中出場に始まり、9月4日のジュビロ磐田戦からはスタメンに定着。続く7日の京都サンガF.C.戦で新天地初ゴールをゲットし、9月26日のギラヴァンツ北九州戦でもチームを勝利へと導く得点を奪うなど、伊藤加入の効果は表われつつあったのは事実だ。
けれども、10月10日の栃木SC戦からチームは5連敗。これが致命傷になった。11月28日のSC相模原戦でJ3降格が決まった瞬間の失望感は、伊藤自身も忘れてはいないだろう。松本は2012年のJリーグ参入時から守り続けてきた2部リーグ以上の地位から陥落する羽目になったのだ。
「たとえば『1ミリでも上に行ってやろう』とか『這い上がってやるんだ』と考えるギラギラした選手が過半数を占めていないと、チームの雰囲気は変わらないと思います。ハユさん(田中隼磨)ともそういう話をしたことがあります。
ハユさんとは、僕が中京大中京高校1年だった時、(横浜F・)マリノスの練習に参加して、そこで初めて会いました。一緒に練習した時には『練習生が入るからうまくいかないんだよ』という厳しい言葉を投げかけられたのを覚えていますけど(苦笑)、それは若い選手を育てようと思って言ってくれたことなんだなと後から感じました。
そういう高い基準を持ってるハユさんが松本山雅の苦境を目の当たりにして、感じることは多々あったと思いますけど、当時は怪我でリハビリ中なので、力を発揮できずに悔しさを感じていたはずです。日本代表の10番を背負った名波さんも大変だったのかなと。僕自身も半年間で救世主になる難しさを心底、痛感しました」と彼はしみじみと語っていた。
改めて振り返ると、2021年の松本を筆頭に、グルノーブル、清水エスパルス、横浜FM、鹿島アントラーズ、横浜FCと、伊藤が在籍したクラブは、すべてその時が“過渡期”という状況でもあった。
「自分は行くチーム、行くチーム、過渡期ばっかり(苦笑)。グルノーブルはインデックスが途中で撤退して揺れ動きましたし、清水も長谷川健太さんの時代が終わって、若返りを進めようとしていた時でした。
マリノスも自分がいる間に俊さん(中村俊輔)や(齋藤)学といった主力が抜けたり、マリノスタウンがなくなったりしましたし、鹿島もそれまでの主力が数多く抜けた時。横浜FCにしても、僕が行く前にいた松井(大輔)さんや田代真一さん、佐藤謙介さん、斉藤光毅といった選手が出ていったタイミングだった。
半年間プレーした松本山雅も。反町(康治)監督体制が終わって、新たな方向性を模索していたタイミングで、その分、難しさはあったと思います。ただ、鹿島に行く時に考えたように、引退後のサッカー人生を視野に入れると、良い学びだったと感じています」
伊藤が神妙な面持ちで言うように、松本のような地方クラブに行った経験も大きな糧になっているはず。松本では練習拠点のかりがねグラウンド近隣の旅館で生活し、地元の人たちに親身になってサポートしてもらったというが、そういった経験は大都市のクラブではなかなかないことだろう。
「引退した今、ぜひまた松本に行ってみたいなという気持ちはあります。自分が在籍した時に関わったクラブスタッフや関係者の人たちもいるので、一度、挨拶に行かなきゃいけないとも思います」
今季のJ2・J3百年構想リーグ地域リーグラウンドEAST-Bの松本は、石﨑信弘監督体制で6位(4月21日現在)。新たな方向に進み始めたチームをぜひとも伊藤に間近で見てほしいものである。
※第6回終了(全11回)
取材・文●元川悦子(フリーライター)
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