
ニュースを見ていると、事件の経緯として、犯人がどのように犯行を行い、どのように発覚を遅らせようとしたのかが詳しく語られることがあります。
そうした情報に触れるうちに、「こんなやり方もあるのか」と感じてしまう瞬間があるかもしれません。
では、こうした実在の犯罪を扱うコンテンツを知ることは、人の発想にどのような影響を与えるのでしょうか。
「もしかすると、より巧妙に人を傷つける発想が生まれやすくなるのではないか」
そんな懸念は決して不自然ではありません。
この疑問に対し、オーストリアのグラーツ大学(University of Graz)を中心とする研究チームが心理学的に検証を行いました。
しかし、その結論は直感とは異なるものでした。
この研究は2026年1月30日付の学術誌『The Journal of Creative Behavior』に掲載されました。
目次
- 実在の犯罪コンテンツは「悪意ある発想」を強めるのか?
- むしろ「悪意ある独創性」と結びつきにくくなる可能性も
実在の犯罪コンテンツは「悪意ある発想」を強めるのか?
これまで心理学では、暴力的なコンテンツが人に与える影響について多くの研究が行われてきました。
とくに、映画やゲームなどのフィクションにおける暴力表現は、攻撃的な思考や感情とどう関係するのかが長く議論されてきました。
一方で、実在の犯罪を扱う人気コンテンツ、いわゆる true crime については、意外にも詳しい検証があまり進んでいませんでした。
論文では、true crime がテレビ番組やポッドキャスト、本、SNS などを含む、現実の暴力事件や殺人事件を扱うジャンルとして説明されています。
ここで研究者たちが注目したのが、「悪意ある創造性(malevolent creativity)」という概念です。
これは単に攻撃的であることとは少し違います。
相手を傷つけたり仕返ししたりするために、独創的で、しかも害のある方法を考え出す力のことです。
研究チームは、実在の犯罪を扱うコンテンツに多く触れることで、こうした発想が強まるのかどうかを調べました。
第1の研究では、160人の参加者がオンラインで調査に参加しました。参加者は、true crime をどれくらい見たり聞いたりしているか、どれくらい攻撃性が高いかを質問票で答えます。さらに、一般的な言語的創造性を測る課題にも取り組みました。
そのうえで、研究の中心となる課題が行われました。
参加者は、たとえば「同僚に大切な本を汚された」「お金を払う約束を破られた」といった不公平な場面を想像し、相手に仕返しする方法をできるだけ多く考えるよう求められました。
回答は、アイデアの数、有害さ、独創性という観点から評価されます。
続く第2の研究では、307人が参加し、より詳しい検証が行われました。
こちらでは、抑うつ気分、フィクションのホラー嗜好、その他のメディア嗜好も測定され、一般的な創造性の代わりに、不安やストレスのある場面で状況を前向きに捉え直すための発想力も調べられました。
こうした分析の結果、まず見えてきたのは、true crime の消費量と悪意ある創造性のあいだに、強く一貫した関係は見られなかったということです。
つまり、実在の犯罪を扱うコンテンツに多く触れている人が、ただちに「より巧妙で有害な発想」をしやすくなるわけではありませんでした。
いったいなぜでしょうか。より詳しい結果を見ていきましょう。
むしろ「悪意ある独創性」と結びつきにくくなる可能性も
第1の研究では、もともとの攻撃性が高い人に限って、true crime を多く消費するほど、仕返しアイデアの「数」は増える傾向がありました。
けれども、ここで増えていたのは主に発想の量であり、それがより悪質になるとか、より独創的になるとまでは言えませんでした。
さらに興味深かったのは、一般的な創造性との関係です。
ふつう、創造性が高い人ほど、悪意ある発想でも独創的な答えを出しやすくなります。
ところがこの研究では、true crime を多く消費している人では、むしろ、その結びつきが弱まる傾向が見られました。
第2の研究でも、大きな流れは同じでした。
true crime の人気そのものが、悪意ある創造性を強く押し上げる証拠はほとんど見つからなかったのです。
では、いったいなぜこのような傾向が見られたのでしょうか。
研究者らは、true crime の視聴者や読者は、単に暴力を楽しんでいるのではなく、「知識を得たい」「危険に備えたい」あるいは「被害者への共感や社会的関心」からこの種のコンテンツに触れている可能性があると論じています。
つまり、現実の犯罪を知ることが、そのまま危険な発想の練習になるとは限らないのです。
むしろ現実の重さを意識することで、悪意ある方向へ創造力を使いにくくなる可能性も考えられます。
ちなみに、第2の研究では、true crime よりもフィクションのホラー嗜好の方が、悪意ある創造性と強く関係していました。
研究者たちは、ホラーの方が現実の制約を受けにくく、より奇抜で極端な発想に触れやすいからではないかと考えています。
現実の犯罪は生々しい一方で、発想の幅そのものは意外と限られているのかもしれません。
今回の研究にはいくつかの限界がありますが、少なくとも、「実在の犯罪を扱うコンテンツに多く触れることが、その人の思考を危険にするとは言えない」と分かりました。
参考文献
Does listening to true crime make you a more creative criminal?
https://www.psypost.org/true-crime-fans-are-not-more-likely-to-dream-up-creative-ways-to-harm-others/
元論文
Do Fans of Violent Stories Show a Higher Potential for Creative Harm? True Crime as a Stimulating Environment for Malevolent Creativity
https://doi.org/10.1002/jocb.70100
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

