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カズ、俊輔、小野。偉大な先達から大きな刺激。“お前は大丈夫”松井の口癖に「頑張ろうと思えた」【伊藤翔のサッカー人生⑦】

カズ、俊輔、小野。偉大な先達から大きな刺激。“お前は大丈夫”松井の口癖に「頑張ろうと思えた」【伊藤翔のサッカー人生⑦】


 2025シーズン限りで現役を引退した伊藤翔にロングインタビューを実施。19年のキャリアを振り返ってもらった。全11回のシリーズで、第7回は偉大な先達とのエピソードだ。

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 2007~25年という長きにわたってプロサッカー選手の人生を走り続けてきた伊藤。4月3日の引退会見で「本当に周りの方々、選手ももちろんそうですし、いろんな人たちが応援してくれた。自分を引っ張り上げてくれた人たちのおかげで、ここまでできました」と神妙な面持ちで語っていたが、数多くの出会いが彼のエネルギーになったに違いない。

 とりわけ、偉大な先輩たちとの共闘は大きな活力になったはずだ。

「上から順に大先輩から引退報告をさせてもらいました」と伊藤は話す。その筆頭はもちろん、59歳で現役を続けている三浦知良に違いない。

「カズさんみたいに還暦近くまで現役を続けるなんて、僕には想像つかないこと。本人に連絡して『お先においとましますんで、カズさんは行けるところまで頑張ってください』と伝えましたけど、『わざわざ連絡ありがとう。寂しいけど、一緒にプレーさせてもらって良かった。俺は行けるところまで行くよ』と言ってくれましたね」と伊藤は嬉しそうに言う。

 現役最年長プレーヤーとは、横浜FCで一緒にボールを蹴った時間は短かったものの、カズがレンタル先から戻るたびにグラウンドで会っていたという。

「実は一度、『カズさん、いつやめるんですか』とストレートに聞いたことがあるんです。最初は『死ぬまでやるよ』と冗談めかして言っていたけど、『好きなサッカーを続けていける環境を用意してもらって、自分自身も動けるわけだから、辞める理由がないんだよね』としみじみ話してくれたんですよね。

 今もカズさんを見たくて多くのお客さんが来てくれるわけですし、本人もプロ選手であることを全うしようと考えている。それは本当に凄いこと。横浜FCで1年目の下平(隆宏)監督との面談で、自分のストロングポイントを書くというのがあった時も、カズさんは『カズであること』と書いていましたから。そのプロ意識は本当に学ぶべきものがあります」と伊藤は目を輝かせる。そういった姿勢を若い世代に伝えていくことも、伊藤のこれからの仕事かもしれない。
 
 一方、引退会見にメッセージ動画を寄せてくれた中村俊輔、サプライズ登場し花束を贈呈してくれた小野伸二と一緒にプレーできたのも、大きな財産と言っていい。

「清水エスパルスと横浜F・マリノス、横浜FCの話をした時にも触れましたけど、2人はとにかく技術的に突出したものがありました。伸二さんたちとボール回しをしたら、絶対にボールを取れませんでしたし、俊さんも本当にここというポイントにパスを供給してくれた。プロフェッショナルの姿勢も素晴らしかったですし、海外でのキャリアも目覚ましいものがありました。

 僕がグルノーブルへ行く前の年に、俊さんはセルティックでチャンピオンズリーグに出場して、マンチェスター・ユナイテッド相手にフリーキックを叩き込んでいました。伸二さんは、自分が中学、高校の頃はフェイエノールトで大活躍していた。UEFAカップ制覇という偉業も達成していて、本当に憧れの人でした。それぞれメッセージ動画、花束を贈ってくれて、心から感謝しています」と改めてお礼を口にしていた。
 
 そしてもう1人は、伊藤がプロの壁にぶつかっていたグルノーブル時代に親身になって面倒を見てくれた松井大輔だ。横浜FCの時はすれ違いで、2度目の共闘は叶わなかったものの、試合に出られず苦しんでいた時に支えてくれた先輩の気配りや親切な対応は、今も脳裏に焼き付いて離れないという。

「松井さんは2009年にグルノーブルに来ましたけど、ほぼほぼ毎日、食事をごちそうになっていました。松井さんは『京都サンガ時代、カズさんに可愛がってもらったので、自分が若い子の面倒を見るのは当たり前』という考え方で、気前も良かったし、本当に有難い存在でした。

 松井さんは山の上のプール付きの大きな一軒家に住んでいて、そこにしょっちゅう行かせてもらいました。夏はいいけど、寒冷地なので冬は大変(苦笑)。『電気がつかない』とか『暖房が壊れた』とかトラブルが頻繁にあったから。それをすぐに直してもらえないのが海外あるあるなんです。

 日本だと、すぐに修理に来てくれますけど、海外だと『担当者がバカンスに行っているので3週間後になります』といった対応が普通(苦笑)。松井さんはル・マン、サンテティエンヌと渡り歩いて、そういうことにも慣れていたので、心強かった。『お前は大丈夫』と口癖のように言ってくれて、頑張ろうと思えたのは確かです」と、伊藤は20歳前後の頃に思いを馳せていた。
 
 彼らはいずれも日本代表で活躍した面々で、所属クラブや代表で多少なりとも挫折に直面しても、それをバネに這い上がっていく強さと逞しさを備えていた。そういう成功者たちの姿を目の当たりにして、伊藤自身も「自分ももっともっとやらなきゃいけない」と思い続けたに違いない。

 伊藤が人との出会いに恵まれた男だったのは、紛れもない事実と言える。

※第7回終了(全11回)

取材・文●元川悦子(フリーライター)

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配信元: SOCCER DIGEST Web

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