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「この二ヶ月、寝食を共にして、ようやく息子になった気がした」学ぶべき、別れ、死への準備・知識について(デス・リテラシー)

「この二ヶ月、寝食を共にして、ようやく息子になった気がした」学ぶべき、別れ、死への準備・知識について(デス・リテラシー)

良き死は、逝く者からの最後の贈り物となる

本書で私が書いたのは、こういった人と人とのつながり、家族や親戚、友人たちを巻き込んだ連綿と続く良き関係性を巡るコミュニケーションの物語だったのかもしれない。

ヴォーリズではそれを「命のバトン」という言葉で表す。本稿を確認していただいた奥野医師が、わざわざ当時のカルテを開き、「康彦さんのこんな言葉をメモしていますよ」と教えてくれた。

《この二ヶ月、ずっと寝食を共にして、ようやく息子になった気がした》
《今は自分の娘、息子に『面倒を見てな』と言える気がする》
あ、これがバトンか!

家族の発言までカルテに記録していた緩和ケアの医師に感心しつつ、ああ自分はあのとき心からそうつぶやいたなと振り返る。

今もその感慨というか感興、感触はある。一連の介護体験がなければ人生におけるこういった気づきを見逃していたに違いない。妻や子どもたちもそれに触れることができて幸運だった。

久子は自身の母を巡って、ノートにこう書いた。《夕暮れは、亡母の恋しい時間です。いくつになっても恋しい人です》

母の死から二年経った現在、その感じがよくわかる。ひいちゃん、恋しいもんな。次々やってくる春には梅の古木にピンクの花が咲く。これが咲くと母をより強く思い出す。雪のなかに頼りなげに、でも凜と咲いている(カバー裏の写真がそれです)。

《良き死は、逝く者からの最後の贈り物となる》という警句も学んだ。
確かにひいちゃんは、私たちに素敵な贈り物=命のバトンを手渡してくれたのだった。親の死なんて誰もが経験する当たり前、平凡なことだが、自分の親が死ぬというのは自分だけの特別なことであった。

文/澤田康彦 
 

この家で死にたいと母は言った 親を自宅で看取るということ

澤田 康彦この家で死にたいと母は言った 親を自宅で看取るということ2026/4/241,980円(税込)272ページISBN: 978-4797674804

「大切な人をどう送るか」「しあわせな最期とは?」を問いかける感動作!!
『暮しの手帖』元編集長・澤田康彦による「在宅死」を選んだ母と息子の、やさしくてあたたかい別れの記録


【特別寄稿】「本当によかったね。」本上まなみさん(著者の妻・俳優)収録

ある日、実家(滋賀県東近江市)でひとり暮らす九一歳の母(愛称ひいちゃん)がステージ4のがんと宣告された。「まあまあ元気」と思っていた母の命のカウントダウンが突然始まった。
「自分の家がいいんよ、どこにも行きたくない……」。住み慣れた家に最期までいたいと遠慮がちにつぶやくひいちゃん。在宅医療? 緩和ケア? 介護保険制度? 知識のなかった息子は「いっぱいいっぱい」になりつつも訪問看護師、ホスピス医、ヘルパーの力を借り、家族や友人を巻き込んで母に寄り添い続ける――。
母との二人きりの時間、残されたノートやアルバムを通して、昭和・平成を生きた人の人生が浮かび上がる。

【本文より・1】
彼女のラストの三年間は、死に向かう絶望、悲嘆にくれる三年ではなく、生そのものの年月だった。
母と私たちはよくしゃべり、よく食べ、飲み、笑って、泣いて、口げんかもし、たくさんの人を家に迎えた。
がんの宣告がなければ、母と息子がここまで深く交わることはなかっただろう。
母と私たちに与えられたのは、三年間の、文字通りの「長いお別れ」の時間だった。
【本文より・2】
「使える制度をみなさんあまり知らないんです。介護や看護の力が必要な本人やご家族が、それを知らないばかりに自分たちだけでがんばっているということが多い」(福祉用具専門相談員)
わかる! 今回私はまさにそれに直面した。
複雑な制度を知ろうとする力、意欲が必要とされる。個人差も大きい。家庭環境差、地域差も。技術、体力、知識を要する。予算も。正解が見えない。別れの日までの所要時間も。

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