【スージー鈴木の週刊歌謡実話第31回】
ポピンズ『妖精ポピンズ』
作詞:売野雅勇
作曲:井上大輔
編曲:清水信之
1986年4月21日発売
上京の孤独とラジオ、そしてポピンズとの出会い
今週は(も?)、自分語りから。ちょうど40年前、1986年の春、私は大学入学のために上京しました。
下宿し始めた頃、殺風景な部屋にはテレビもなく、自宅から持ってきたラジカセでラジオばかり聞いていました。
上京してすぐの孤独感・疎外感の中で聴いていた当時のヒット曲は、今でも格別な思い入れがあります。何ならヒットしなかった曲も――。
さて、誰も言わないでしょうから私が言いますが、今年の4月21日は、ポピンズのデビュー40周年となる日なのです。
おめでとう、ポピンズ!
デビュー曲『妖精ポピンズ』は最高49位なので、「ヒットしなかった」とは言えませんが、「ヒットした」とも言えない微妙な水準。
ポピンズとは、金子恵実(政治家とは別人)と芳賀絵己子、名古屋出身の2人の「えみちゃん」によるユニット。所属はなんと吉本興業東京支社という変わり種アイドルでした。
でも、このデビュー曲がとてもいいのです。作詞:売野雅勇、作曲:井上大輔という(この連載でも紹介した)郷ひろみ『2億4千万の瞳』のコンビが手掛けたのですが、こちらはメジャーキーで、清水信之のキラキラアレンジも炸裂する超絶どポップ。
このあたり、「♪ピピパピポ」という強烈なサビを憶えている方は、「そうそう!」とうなずいていただけるはず。
そう、「キラキラどポップ」が良かったのですよ。
【スージー鈴木の週刊歌謡実話】アーカイブ
おニャン子全盛期が奪った“キラキラどポップ”の居場所
’86年春。松田聖子は結婚して妊娠して休業。中森明菜は『DESIRE−情熱-』『ジプシー・クイーン』と大人っぽい方向に行っちゃった。そして何より4月8日、岡田有希子、衝撃の飛び降り自殺――。
「何だよ、キラキラどポップの東京に来たはずなのに、ぜんぜんキラキラどポップしてないじゃないか」という下宿生の気持ちに「♪ピピパピポ」が高らかに鳴り響いたのです。
というわけで私、ポピンズを推し始めたのでした(といってもレコード買って、部屋にポスター貼っただけでしたが)。
しかし彼女たちは不運でした。というのは「キラキラどポップアイドル」の空白を目掛けて、おニャン子クラブ勢がまさに猛威を振るっていたのですから。
フジサンケイグループが総力を結集したメディアミックスに対抗するには、漫才ブーム以降、ダウンタウン以前の吉本興業東京支社は、さすがに弱かったということでしょう。
その後のポピンズについて、あまり情報を持っていませんが、ほどなく解散したようです。おニャン子にぶつからないように、デビューがもうちょっと早ければ、「♪ピピパピポ」が日本中に鳴り響いたのに、とも思ったりもしました。
でも、ほどなく消えてしまった分、「♪ピピパピポ」を聴くと今でも、40年前の下宿のあのカビ臭い空気が思い出されるのです。「1986年春のキラキラどポップ」は永遠なのです。
「週刊実話」4月30日号より
スージー鈴木/音楽評論家
1966(昭和41)年、大阪府東大阪市出身。『9の音粋』(BAYFM)月曜パーソナリティーを務めるほか、『桑田佳祐論』(新潮新書)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980―1985』(講談社)など著書多数。
