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小島秀夫氏「これは僕自身の人生」パトリック・リード・ジョンソン監督の自伝的青春映画<5-25-77 あの日の映画少年たちへ>

小島秀夫氏「これは僕自身の人生」パトリック・リード・ジョンソン監督の自伝的青春映画<5-25-77 あの日の映画少年たちへ>

「5-25-77 あの日の映画少年たちへ」
「5-25-77 あの日の映画少年たちへ」 / (C)2022 5-25-77, LLC. All Rights Reserved. (C)2022 Moonwatcher Inc., Filmio And MVD Entertainment Group. All Rights Reserved.

ハリウッドで活躍するパトリック・リード・ジョンソン氏が監督・脚本・製作を務め、自らの映画少年時代をもとに映画化した自伝的青春映画「5-25-77 あの日の映画少年たちへ」が「BS10プレミアム」で5月25日(月)夜8時から独占日本初放送。また放送に合わせて到着した、ゲームクリエイター・小島秀夫氏からのコメントも紹介する。

■幻の青春映画「5-25-77 あの日の映画少年たちへ」

映画が好きでたまらなかったアメリカの田舎町の少年がハリウッドを目指すようになるまでを、「2001年宇宙の旅」「未知との遭遇」「スター・ウォーズ」など数々の名作SF映画へのオマージュを絡めながら描く「5-25-77 あの日の映画少年たちへ」。ハリウッドで活躍するパトリック・リード・ジョンソン氏が監督・脚本を務め、自らの少年時代をもとに映画化。映画ファンの間で“幻”と謳われた作品だ。

本作は、SFコメディ「ハロウィン・インベーダー/火星人襲来!?」や「赤ちゃんのおでかけ」などを手掛けたパトリック・リード・ジョンソン監督が2001年から製作を開始し、2022年にアメリカで公開となるまでおよそ20年の歳月をかけて完成にこぎつけた。

タイトルの“5-25-77”とは、1977年5月25日のこと。これは、映画「スター・ウォーズ」が全米で初公開された“映画史上でも記念すべき特別な日”だ。全米公開とは言っても、当初はわずか数10館での上映。その頃「スター・ウォーズ」のことを気にかけている人は誰もいなかった。しかしその後、全米どころか世界中で空前のヒットを記録。現在に続く超人気シリーズの礎となったのである。本作は、その当時の“ビハインド・ストーリー”とも言える物語とも言える。


■ゲームクリエイター・小島秀夫氏 コメント

冒頭から「2001年宇宙の旅」、「サイレント・ランニング」、ダグラス・トランブル!パトリック・リード・ジョンソン監督と僕は、ほぼ同い年。同じものに影響を受けて、背中を押されてきたはず。だから、中盤から涙が止まらなかった。

自分がこれほどまでに映画を愛してきたのはどうしてなのか。なぜ孤立しながらもクリエイティブを続けるのか。クリエイティブに蔓延する“孤独”とはなんだったのか。そして自分にとっての“モノリス”とは、なんだったのか。自分の少年時代の日々と六十数年の人生を本作に重ねた。これは僕自身の人生であり、映画でもある。

■「5-25-77 あの日の映画少年たちへ」ストーリー

1968年、イリノイ州の田舎町。両親と映画館で初めて見た「2001年宇宙の旅」に衝撃を受けた幼いパトリックは、その影響で兄弟や親友たちと自主映画製作に熱中する映画少年に成長。恋人・リンダとも巡り会い、学校生活と映画作り、青春を謳歌していたパトリックの中で、映画の世界への憧れは日増しに強くなっていく。

そんな息子の姿を見かねた母親の協力を得て、パトリックは憧れのハリウッドを訪問。 そこで、「未知との遭遇」を制作中のスティーヴン・スピルバーグに出会い、さらに「スター・ウォーズ」の制作現場も目撃。すっかり「スター・ウォーズ」に心奪われた彼は、周囲にそのすごさを語るが、誰もまだその名を知らない。そしてついに、1977年5月25日の全米公開日を迎える。

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