
この体験会には、ドルビービジョンとドルビーアトモスを駆使したNetflix作品『新幹線大爆破』を手掛けた樋口真嗣監督と、音楽・サウンドスーパーバイザーを担当した作曲家の岩崎太整がスペシャルゲストとして参加。そこで長年にわたってコンビで活躍してきた2人に、作品づくりの裏側やドルビーシステムの魅力を語ってもらった。
■「樋口監督は、“プリセットがない”人」(岩崎)
――お2人は15年近くお仕事をされてきましたね。
樋口「初めて会ったのは、ちょうど『のぼうの城』が終わったころですね。是枝(裕和)組の録音技師・冨田和彦さんが助手時代にこの作品に参加していて、岩崎さんは冨田さんの大学の同級生だったんです。
当時、岩崎さんはホームページをやられていて、覗いてみたらデヴィッド・フィンチャーの『ソーシャル・ネットワーク』の全楽曲を分析していて。『すげえ!』みたいな衝撃を受けました。歳も若いし、こういう人と組みたいなと思ったのが最初です」

岩崎「初めての仕事は『巨神兵東京に現わる』で、ほぼ同時にバンダイの映像レーベル『EMOTION』のムービングロゴのリニューアルにも誘っていただきました。モアイのオリジナルのロゴを、いまの感覚でアップデートするというものでした。樋口さんは“プリセットがない人”。音楽でも映像でも、ふつうは“こんな感じ”というプリセットからスタートしますが、樋口さんの仕事は前例がないのですべてをいちから考えなければなりません。どれも大変だけどすごく刺激的なんです」
樋口「すげえ面倒くさいやつという(笑)。岩崎さんとの仕事で特に印象深かったのは、その『巨神兵東京に現わる』ですね。北池袋のレコーディングスタジオを使ったんですが、48トラックのマルチレコーダーとかアナログの機材だらけ。そんな空間で音を探す作業をする姿に、思わず見入っちゃいました」
岩崎「あの作品は伝統的な特撮がモチーフだったので、最後の曲はどうしても当時のスタイルでやりたかったんです。それでアナログ時代のマイクを使い、アナログテープで録りました」
――“プリセットがない”とのことですが、毎回話し合いを重ねているのでしょうか?
樋口「そういうわけでもなく、毎回やり方も違うんですよ。『巨神兵東京に現わる』の時はテンプトラック(映像に仮の音楽を当てたサンプル)を渡したり、アニメ『ひそねとまそたん』ではそういうことは一切なく、感じるままに曲を書いてください、とお願いしました。できた曲を使って自分でステム(トラックをシーンごとにまとめたファイル)を編集して、こういう感じでいいですか?とやりとりしたり」
岩崎「おもしろかったのが『ひそねとまそたん』!樋口さんから散文詩を渡されたんです。作品の成り立ちなど説明的なことは一切なく、1話ごと短い詩が書いてあるだけ。本当にユニークなやり方で、最初に『これで』と言われた時は『…これで?』みたいな(笑)」
樋口「発注した側からすると、アルバム作ってくださいみたいな感じで」
岩崎「そうですね、宮崎駿監督と久石譲さんの『風の谷のナウシカ イメージアルバム 鳥の人』みたいなイメージアルバムですね。そんなこともあり特に思い入れの強い作品です」
――樋口監督はアナログ時代からドルビーシステムを使ってきましたね。
樋口「最初の『ガメラ 大怪獣空中決戦』はまだアナログの時代で、ドルビーSRでした。次の『ガメラ2 レギオン襲来』はレーザーディスクを出す時にドルビーデジタルでダビングし直して、『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』でやっと映画館もすべてドルビーデジタル。すべて違うアプローチでした。SRはとてもシビアで、ちょっとでも音がピークを超えるとやり直し。音が割れるどころか、スコーンと欠落しちゃうんです。だからミキサーさんは抑え気味になりますが、怪獣映画なので俺は音圧を上げたくて、ずっとその駆け引きをしてました。でも(本編監督の)金子修介さんは音楽がよく聞こえるように最終的に効果音を絞っちゃうから、やられたな…みたいな」
――そんな「平成ガメラ三部作」は2025年にHDRグレーディングをしてドルビーシネマで上映されました。
樋口「HDRはなんといっても暗部から輝度のピークまでの階調が豊か。あれは絶対ほかでは観られないという。むしろいままで暗くて見えなかったところが全部わかっちゃうんで、どうすんだ、バレるぞみたいな(笑)」
岩崎「もうバキバキに見えますからね」
樋口「去年の『新幹線大爆破』でもHDRを使いましたが、作業がけっこう大変なんです。でも最初にデモを見ていちばん驚いたのは、これまで見ていた黒が本当の黒じゃなかったという事実。『やられた!』と思いました」
■「音による環境の表現は、ドルビーアトモスとめちゃくちゃ相性いい」(岩崎)

――『新幹線大爆破』で岩崎さんは音楽のほかサウンドスーパーバイザーも務めていますね。
岩崎「セリフも効果音も音楽も三位一体でやる、音の統括をやらせてもらいました。自分がすべてやるのではなく、僕が組成したチームで樋口さんと共にポストプロダクションを行う形です」
樋口「実際に駅に行くと音があふれてるんですよ。発車のベルから列車の“ダダンダダン”って走行音も言ってしまえばリズムだったり。最初に岩崎さんに話したのは、実際に駅で聞こえる音を音楽に変えられないかという無茶なお願いでした」

岩崎「冒頭のタイトルバックのところですね。新幹線の走行音や発車ベルとかいろんな音がだんだん崩れて音程を持っていくようなことがやれないかって。おもしろいアイデアだなと思って、新幹線に乗って音を録ってきました」
――『新幹線大爆破』はNetflixの配信作品ですがドルビービジョンとドルビーアトモスを使って劇場クオリティで製作されています。
岩崎「ドルビーアトモスでいえば、音楽でトップ(天井)の4チャンネルを使いきることは少ないですが、サウンドエフェクトで考えると上からの音があるのはすごく大きい。音楽を作る時にはない喜びや楽しみがあるんです。例えば、車掌室で草彅(剛)さんが車内用マイクで『お客様に申し上げます』としゃべると、少し遅れて車輌の方から車内に流れるその声が聞こえてくる。一瞬ずらしたりスピーカーエフェクトをかけることで、閉鎖空間らしさを出すんです。音による環境の表現は、ドルビーアトモスとめちゃくちゃ相性いいですね」
■「ドルビービジョン対応のモニターで統一されてほしいという想いはある」(樋口)

樋口「音の作業はセリフと音楽と効果音が食い合うから、すごい制約があるんです。音量を上げる・下げるでしかコントロールできないと、こっちを上げたらこっちが聞こえないとなりますが、ドルビーアトモスなら逃げ場が無限にある!という」
岩崎「空間を表現できるので、端の方で『なんとかならないのか?』と文句を言う声も入れられますが、これまでの5.1チャンネルだと単なるノイズになるから切るしかないなと。音が1つのチームで監督も一緒にいてくれるので、ちょっと音楽は下げようとか、もっと効果を入れようとか、その場で決められたのもやりやすかったですね」
樋口「最初から企んではいたことではありますが、観ていてどんどんのめり込むようにシチュエーションの頭から徐々に音圧を上げていったんです。でも配信だと1つ問題があって。途中で止めてトイレに行くと戻った時にすごい音量だと気がついて『うるさ!』ってなるという(笑)」
――ドルビービジョンはいかがでしたか?
樋口「配信を観るのは必ずしもテレビじゃないですよね。なにで観るかで良し悪しがあって、特にパソコンの安い外付けモニターは粗悪なものも多いんです。『その画で見ないでー!』みたいな。だからドルビービジョン対応のモニターで統一されてほしいという想いはありますね。もちろん作る側も徹底しないとだめですけど。統一してくれないと色や明るさのキャリブレーションが変わってくるので、疑わないといけないんですよ。ただしパラメーターをいじるのも好きなので、『自分で調整しなくて大丈夫』と言われると少し残念ではありますが(笑)」
――近年はHDRリマスターによるリバイバルも活発ですが、ドルビーシネマで観たい!という作品はありますか?
岩崎「僕はいくつもありますが黒澤明監督の作品群、なかでも『七人の侍』はドルビーアトモスで観たいですね。リマスターするたびに画質はよくなっていますし、音もよくなっていますが、まだドルビーアトモスは使っていないと思うので、先達の仕事を下手に動かさないことを前提に、リマスターにトライしてみたい気持ちはあります」
樋口「東宝さんに言ったほうがいいですよ!」
岩崎「市川南プロデューサーに会うたびにお願いしてるんですけど(笑)。昔のフィルムなのでだんだん劣化していくし、現代よりセリフが聞き取りづらい問題もあるじゃないですか。すごくおもしろい作品なのに、それを認識する前に若い人にシャットダウンされるのはもったいないですよね」
樋口「ちょっと似た話になっちゃうけど、旧作をやってほしいですね。すでにドルビーアトモスでディスクになっている作品でも、上映される時はドルビーシネマの劇場でやらないじゃないですか。リマスターしたら、ちゃんとドルビーシネマの劇場にかけてほしい」
■「ドルビーアトモスは空間を作り出すことができる」(岩崎)
――映画館以外でこんな場所にドルビーがあったらいいな、というアイデアはありますか?

岩崎「音という面でいえば病室に設置してほしいですね。ドルビーアトモスのすごいところは音の出所がたくさんあって、空間を作りだすこと。それは、ドルビーアトモスならではです。戦争映画やスペクタクル映画を観るのはもちろんですが、例えば入院して家族と会えない時には、LINEで家族と電話をしますよね。もし病室にドルビーアトモスの環境があって、家に360°マイクがあれば疑似的に家にいるような感覚が味わえるはずです」
樋口「俺はバッティングセンターですね。素人で下手な自分たちが活躍できるスポーツは限られるじゃないですか。もし東京ドームのバッターボックスに立ってるみたいな歓声や応援が聞こえてきたら、バッティングセンターでもすごくテンション上がりますよ」
岩崎「絶対上がりますよね(笑)。あらゆるところから聞こえる音に包まれますから」
樋口「いまのドルビーアトモスの使い方は、椅子に座ることが前提じゃないですか。少し見方を変えて、座って鑑賞する以外の使い方もありだと思います」
――今後ドルビーに期待することはありますか?
樋口「作る側としては、ドルビーアトモスを体験したおかげでこれまでの7.1や5.1に触れた時に、これまだ仮だよね?みたいな感覚になってしまうんです。一度味わうと戻れなくなってしまうという、不幸がありますよ」
岩崎「それは絶対ありますね」
樋口「ドルビービジョンもそうですが、あの味をしめてしまったらもうダメ。どんどん機器が対応すれば作れる環境が広がりますから、我々としては“推奨”ではなく“義務”にしてほしいわけです。これはぜひお願いしたいですね」
取材・文/神武団四郎
