「日本のラグビー界は、日本人キッカーでないと務まらない」
2023年10月8日に行われた、ラグビーW杯フランス大会の1次リーグ最終戦。日本代表はアルゼンチンに敗れ、予選プール敗退が決まった。翌9日には松田力也がXで、ファンに向けたメッセージ動画をリポスト。その直後、SNSで冒頭に挙げた持論を展開し、波紋を広げたのが、かつて「五郎丸ポーズ」で空前のラグビーブームを巻き起こしたレジェンド・五郎丸歩だったのである。
というのも、周知のようにラグビー日本代表は、国籍を問わず多様なルーツを持つ選手たちが「One Team」として戦う、いわば多様性の象徴だ。五郎丸はその精神を誰よりも熟知するレジェンドのはず。そんな彼の口から、特定の役割(キッカー)を「日本人」に限定すべきだとの言葉が出たことに、驚きの声が上がったのは当然のことだった。
すぐさま「多様性を全否定している」「献身的に戦う海外出身選手への差別ではないのか」といった批判の声が殺到。さらに「日本人」という言葉も、日本育ちを指すのか、あるいは血統を指すのかという定義の曖昧さが、排他的なニュアンスをより強める結果となったのである。
この騒動を受けて、2日後の10月11日、五郎丸はXで400字あまりに及ぶ長文を投稿。〈日本ラグビーの象徴として、日本人が世界の舞台で活躍することで世の中を変えてほしいという願いだった〉とし、国内リーグで外国人選手のキッカーに頼り切っている現状への危機感(育成論)であったと強調した。
〈日本人という文句のつけようのない人間〉
ところが今度はこの釈明が、さらに物議を醸すことに。文章の中で〈100パーセント日本人である自身〉〈日本人という文句のつけようのない人間〉という表現を用いたことで、「結局、根底に差別意識があるのではないか」と納得しない声が続出。論理の矛盾を指摘する厳しいトーンの報道が相次いだ。
投稿に育成への熱い思いが込められていたことは間違いないだろう。だが捉え方によって、それはラグビー界が最も大切に守ってきた「ノーサイド」の精神や多様性という聖域を侵す「危うい一線」でもあった。
スポーツ界における言葉の選び方と、現代社会が求める倫理観の難しさを改めて浮き彫りにした一件として、ファンの記憶に残ることになったのである。
(山川敦司)

