
過去に向けた情報送信というと、多くの人は「SFの領域」と考えるはずです。
しかしMITなどで行われた研究により、理論上は過去に向かって情報を送ることが可能であるばかりか、過去に向かって送るほうが、ふつうに未来へ送るよりも「効率がいい」場合があることが数学的に示されました。
発想の源は、宇宙論と物理学をリアルに描いたSF映画『インターステラー』であり、論文では過去に向けた通信場面を取り入れた解説も行われています。
さらに論文の参考文献には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の登場人物の名前も並んでいます。
ここまで遊び心が溢れていながら、論文は物理学のトップ誌『Physical Review Letters』の審査に通り掲載が決定しています(2026年4月14日に受理)。
しかし、過去への通信が未来への通信に勝るとは、いったいどういうことなのでしょうか?
目次
- 「過去への電話」は、物理法則上はアリだった
- 未来より過去のほうに多くの情報を送れた
- 専門家向け補遺:量子チャネルの「逆因果容量」は何を測っているのでしょうか
「過去への電話」は、物理法則上はアリだった

・タイムトラベルや因果律の破壊は真剣に研究されている
「過去にメッセージを送る」と聞くと、ほとんどの人が反射的に「無理に決まっている」と感じます。
私たちは生まれてからずっと、原因が先で結果が後、という順番でしか世界を見たことがありません。
コップを倒してから水がこぼれる、逆はありません。
だから「未来から過去」と聞くだけで、頭が拒絶反応を起こすのは当然のことです。
ところが意外なことに、現代物理学でもっとも信頼されている理論のひとつである一般相対性理論は、過去への通信を明確には禁じていません。
アインシュタインが1915年に完成させた一般相対性理論では、時間と空間は固定された舞台ではなく、物質やエネルギーによって曲げられる柔軟なシートのようなものです。
このシートを極端に曲げると、未来へ進んだ物体がぐるっと一周して自分の出発点に戻ってくるような経路が、計算上は出現します。
1949年には数学者ゲーデルが、アインシュタインの方程式からこの奇妙な経路は「閉じた時間的曲線(CTC)」を許す解を発見しました。
その後も「ティプラーの円筒」や「通過可能なワームホール」など、CTCを生み出す理論的な仕組みが次々と提案されています。
理論物理学者たちがタイムトラベルを大真面目に研究しているのは、こうした数十年にわたる理論的な裏付けがあるからなのです。
ただし、本物のCTCを作るには途方もない問題があります。
宇宙規模で時空をねじ曲げるには、莫大なエネルギーが必要で、これを現在の人類が用意できる見込みはほぼありません。
そこで救世主としてしれっと登場するのが、量子もつれという現象を巧みに使う方法です。
量子もつれでつながった2つの粒子は、片方を観測するともう片方の状態がぴったり呼応する、という不思議な相関を持っています。
アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んで嫌がった、あの現象です。
量子の世界では、たとえば一つの粒子が、「無事に届いた経路」「途中で破れた経路」「逆さまに届いた経路」「ついでに時間を逆走した経路」――ありとあらゆる可能性の経路を、通ったかのように計算されます。
普段の私たちはその中の「無事に届いた経路」だけを現実として記録しますが、量子論の数式上は、ほかの経路もすべて確率の重ね合わせとして存在しているのです。
ここで、装置に物理的なフィルターを仕込んで「時間を逆走した経路と整合する測定結果だけ」を取り出し、その結果を「実験のすべて」として再構成する(ポストセレクション)。
戦争の世界では勝者だけが「正史」を書く権利を得ますが、量子の世界では観測されたものだけが「現実」となるのです。
すると統計記録の上では、ある種類のタイムループ(P-CTC、ポストセレクション型CTC)を通った粒子の振る舞いとして、数式の上で同じ姿が現れます。
時空を物理的に曲げる代わりに、量子の世界の選り分けで「タイムループの数式」を再現する。
本物のタイムマシンは作れなくても、その振る舞いだけなら実験室の机の上で味わえる――これが「お手軽版CTC」と呼ばれる仕組みです。
そして2010年、ロイドたちはこのアイデアを実際の実験室で実演してみせました。
本人いわく「光子(光の粒子)を数ナノ秒だけ過去に送り返し、過去の自分を殺そうとさせるのに相当する」実験です。
つまり、SFの定番中の定番、あの「祖父殺しのパラドックス」の量子版を、光子を使って実験室で確かめてしまったのです。
・光子で「祖父殺し」を再現してみた

祖父殺しのパラドックスとは、タイムトラベルにまつわる有名な思考実験です。
もし未来から過去に戻った人間が、まだ子供である自分の祖父を殺してしまったらどうなるか。祖父が死ねば自分は生まれず、生まれなければ過去に戻って祖父を殺すこともできない。ここに論理的な矛盾が生まれます。
ロイドらが2010年に行った実験は、このパラドックスを光子で再現するという大胆な試みでした。本人いわく「光子を数ナノ秒だけ過去に送り返し、過去の自分を殺そうとさせるのに相当する実験」です。
チームは光子にふたつの役を演じさせました。
一方は、ほんのわずか過去に戻って自分自身の状態をひっくり返しに行く「殺し屋」役。もう一方は、これから殺し屋に襲われる「過去の自分」役。
装置には、殺し屋の「命中率」を研究者がツマミひとつで自在に変えられる仕掛けが組み込まれていました。
論理で考えれば、これは矛盾を量産する装置のはずです。
命中率(殺害成功率)を100%に近づければ、過去の自分は確実に消滅し、いまここで殺し屋を演じている自分そのものが存在しなくなる。装置はエラーを吐くのか、それとも宇宙が小さく軋んで止まるのか――。
しかし結果は、もっと静かで、もっと不気味でした。
殺し屋の命中率を上げていくと、装置の出口で「過去への旅をやり遂げた光子」を数えるカウンタの値が、するすると下がっていったのです。
理論が予言したカーブと、ぴたりと寄り添うようにです。
命中率を限界まで上げると、検出される光子はほとんどゼロになってしまいました。
つまり、パラドックスを起こしたはずの光子は、観察結果のなかにそもそも姿を現さなかったのです。
これは世界の歴史修正力のような神秘的な力が働いたのではありません。
量子論そのものに組み込まれた現象なのです。
量子の世界では、起こりうる物語ははじめからひとつに定まっていません。
複数の可能性が重ね合わさった状態のまま進み、観測の瞬間に、ようやくどれか一つが「実現した過去」として記録されます。
量子論では「観測が現実を確定させる」という性質が、これまで何度も実験で確認されています。
ロイドらが採用したCTCモデルでは、この観測のふるい分けを行いました。
それは、「未来と過去のつじつまが合う物語だけを採用する」という、ごくシンプルなルールです(増幅された確率的テレポーテーションと呼ばれます)。
「いやいや、それは、研究者が都合のいい結果だけを拾う、データのいいとこ取りなのでは?」
「タイムパラドックスを起こさないという結果を意図的に捨てたのだから、タイムスリップが起きたように見えただけでは?」
と思うかもしれませんが、違います。
これは恣意的なつまみ食いとは似て非なるものです。
採用する条件は、実験を始めるより前に、機械的に固定されています。
「装置のここに置いた測定器が、この目盛りを指したときだけを採用する」――こういう物理的なルールが先に決まっていて、結果を見てから恣意的に変えることはできません。
「祖父殺しが成立した光子は気に入らないから捨てよう」とあとから決めているのでは、けっしてないのです。
つまり、こちらが望むものを残したのではなく、量子の世界の側が「どの歴史を観測の対象にするか」を、自前のルールで淡々と決めていく。
研究者はそれを正しく数えただけ、というわけです。
論理の壁にぶつかってエラーを起こしたり、研究室のデータ改ざんでタイムトラベルが起きたようにしたわけでは決してありません。
祖父殺しを行った光子は、最初からこの宇宙の歴史に登録されない――祖父殺しのパラドックスを起こしたはずの光子たちは、どこにも行かなかったのではなく、もとから「行ったことにならなかった」。
私たちが見ているこの世界は、消えていった無数の歴史の、生き残りのほうなのかもしれません。
さて、ここまででもお腹いっぱい感はありますが、この内容は2010年に判明した結果です。
いまの大学生にとっては、子ども時代に発表された研究です。
今回の研究は、この15年以上前の研究を踏み台に、さらに野心的な試みになります。
未来より過去のほうに多くの情報を送れた

研究チームが今回考えたのは、2010年の理想的なCTCに「不具合」を入れた状況です。
2010年の研究では光子の祖父殺しが妨げられたかのような結果が得られましたが、研究者たちは今回、この実験の状況をふまえつつ、ノイズが混じった場合に何が起きるかを、純粋な数式の上で計算してみました。
電話の例えで言うなら、相手の声が雑音まみれで途切れ途切れになる、ガラガラの回線です。
情報理論ではこういうものを「ノイズのある通信路」と呼び、そんなガラガラ回線でどれだけ情報を運べるのかを「通信容量」という数値で評価します。
20世紀半ばに天才数学者シャノンが整備した、情報理論のなかでも、もっとも基本的な道具です。
そしてここで、研究チームが計算のヒントとして頼ったのが、まさかの『インターステラー』でした。
「映画ネタを論文に持ち込むなんて、研究者の遊びの範囲では?」と思われるかもしれませんが、これがそうでもないのです。
今回の論文の参考文献には、映画『インターステラー』の科学監修を務めた物理学者キップ・ソーン(2017年にノーベル物理学賞を受賞)が書いた『The Science of Interstellar』が、れっきとした学術文献として正式に挙げられています。

さらに論文の図には上のように、未来の父と過去の娘がノイズのあるCTCを介してメッセージをやり取りする様子が、本棚を背景に描かれた図解として登場します。
映画のクライマックス(以下、軽くネタバレを含みます)において、主人公はブラックホールに単身突入(カチコミ)し、その内部から、過去にいる娘に向けて情報を送ろうとします。
手段はモールス信号。たどり着く情報は、途切れ途切れの、ひどく粗いものです。
それでも、主人公が送ったブラックホール内部からの情報は、人類を救うことにつながります。
研究チームはこの「未来の父が、過去の娘に向けて、ノイズの混じった回線で情報を送る」という構造を、ブラックホールの設定からは切り離して、純粋な情報理論の問題として取り出しました。
そして映画の父娘の通信構造を、情報理論の式に翻訳しました。
すると、驚きの結果が得られました。
ノイズが同程度なら、過去に向かって送る通信は、未来へ送る通信よりも多くの情報を運べることがわかったのです。
直感的には、過去への通信は未来への通信より難しく、効率も悪いはずです。なにしろ因果の方向に逆らっているのですから。ところが数学は、正反対の結論を示しました。

では、なぜそんなことが起きるのでしょうか?
ふつうの通信を考えてみましょう。
あなたが友人にメッセージを送るとき、友人がそれをどんな状況で読むのか――電車の中でLINEを開くのか、机の上でメールを開くのか、いつ読むのか、どれくらい集中して読むのか――を、あなたは送る時点では知りません。
受け手の実際の振る舞いは、まだ起きていない未来の出来事だからです。
だから送り手は、起こりうるパターンに対してそれなりに頑健な書き方を、いわば手探りで選ぶしかない。
これが通常の通信の限界を作っています。
(※厳密には情報理論で言う「受信側の復号(デコード)過程の実行結果」を送信側が事前に参照できない、という話。)
ところが、過去への通信では話がまるで違います。
『インターステラー』の主人公は、未来にいます。
そして主人公は、自分と娘の家にモールス信号のような奇妙なメッセージが現れた、という過去の出来事を、自分自身の記憶として持っているのです。
ということは、過去の娘がメッセージをどう受け取り、どう解読したかを、自分の記憶として知っているのです。
ならば、主人公は娘の解読方法にぴったり噛み合う形でメッセージを選ぶこと(最適な符号化)ができます。
娘がモールス信号を最初に発見したときの記憶が未来の主人公にあれば、そこにもっとも重要な情報を仕込めるわけです。
映画『インターステラー』がしっくりこない人は、往年の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を思い出して下さい。
今回の論文のには「さらなる含意は将来の論文[64]で議論する(Further implications of our result for final-state models will be discussed in a future work [64].)」という文言が書かれています。

そこで参考文献の64番を見るとその著者に「K. ジー、E. L. ブラウン、S. ロイド、M. マクフライ、M. M. ワイルド、1985年10月26日」という表記があります。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のファンならこの名前の並びから「E. L. ブラウン」と「M. マクフライ」をみつけるかもしれません。
E. L. ブラウンはドクことエメット・ブラウン博士、M. マクフライは主人公マーティ・マクフライです。
そして1985年10月26日は、デロリアンが過去へ飛び立ったあの日付。
しかもこの参考文献は、論文中で「将来書かれる予定の論文」として引用されており、つまり「未来の論文を現在の論文が引用する」という、引用形式そのものがタイムトラベル的なループになっている、という3段重ねの遊び心です。
(※しかも第一著者がドクでなくなっていることから鑑みるに、この世界線では「何か」が起きたのかもしれません。)
また『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のストーリーも今回の話しと決して無縁とは言い切れません。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』PART 1の主人公マーティ・マクフライも、未来から1955年に飛ばされたとき、両親についての有用な情報を「自分の記憶」として持っていました。
母の癖、父のいじめられっ子っぷり、二人が出会ったきっかけ。
だから両親をくっつけるための作戦を、行き当たりばったりではなく、知っている情報を踏まえて練ることができたわけです(現実にはマーティの行動が予期せぬハプニングを生み続けるのが映画の見どころですが)。
これも未来の情報が過去にとってどれほど協力であるかを示す一例と言えるでしょう。

未来から過去へ情報を送る時には、このように受け手側の記憶を利用できるという、未来へ向けた送信と比べ決定的に有利な部分があるのです。
MITのカイユアン・ジー氏は「父親は、娘が将来のメッセージをどう解読するかを覚えています。だから、もっとも効率よく送るための符号化の方法を、自分自身に指示できるのです」と説明しています。
未来から過去への通信は、不利どころか、いわば「カンニング可能な通信」だったのです。
しかも、この部分だけ見た「カンニング」は不正でもインチキでもありません。
未来の人間が過去を覚えているのは当然のことで、その記憶を活用して通信を最適化するのは、物理法則に一切違反しない正当な戦略です。
研究チームは、この「記憶を持つ送り手」の効果を情報理論の式で厳密に定量化しました。
結果として得られた「逆因果的通信容量(retrocausal capacity)」は、同じ通信路の通常の通信容量を上回りうることが数学的に示されたのです。
しかも証明は、情報理論の言葉でいう「シャノン的限界」を一発勝負(one-shot)の場面で正確に決めており、こうした完全な特徴付けは量子シャノン理論ではきわめて稀な成果です。
もちろん、本物の過去通信を実験室で同じようにできるわけではありません。
ブラックホール内に飛び込む志願者もいないでしょう。
また数式のベースになるCTC(閉じた時間的曲線)という状況を構築するのは、先に述べたように膨大なエネルギーが必要で今の人類には実用的に用いる手段がありません。
量子もつれで代用はしていますが、それが本物のCTCで上手くいくかは検証が難しいでしょう。
ロイド氏も「実際に物理的なCTCを作った人はいませんし、それが非常に困難であると考える理由もあります」と述べています。
では今回の研究は現実的な応用において全くの射程圏外なのでしょうか?
その点についてロイド氏は「あらゆる通信路にはノイズがあるのです」と述べています。
私たちのスマホ電波もWi-Fiも光ファイバーも、火星からビット単位で届く探査機の信号も、量子コンピューターの内部配線も、すべてノイズに悩まされる通信路です。
今回の研究は、「過去への通信」という極端な舞台設定を借りて、ある原理を浮かび上がらせました。
それは、「因果ループのような特別な構造のもとで、送り手が受け手の行動についてフィードバックや記憶を活用できる場面では、ノイズだらけの通信路でもふつうよりずっと多くの情報を運べる」という原理です。
この知見は、タイムマシンとは無関係に、現実の通信技術に転用できる可能性を秘めています。
たとえば、受け手のふるまいを送り手側があらかじめ把握できる場面であれば、ノイズに強い符号化を設計するヒントになるかもしれません。
ロイドによれば、2010年の光子CTCと同じ要領で、今回の結果も比較的簡単に実験で再現できるはずだといいます。
タイムトラベル装置を作るためではなく、現実のノイズだらけの装置をうまく使いこなすために、過去通信の数学が転用される。そんな未来が、おぼろげに見えてきます。
理論物理の世界では、「やっても意味のなさそうな思考実験」が、思いがけず実用的な発見の入り口になることがしばしばあります。
アインシュタインの相対論がGPSの精度補正に効いているのも、量子力学の不気味な性質が現代の暗号通信を支えているのも、もとはといえば「ただの思弁」から始まったものです。
現在の私たちは相対論的な高速移動や量子テレポーテーションを「人間が乗れる装置」として作れていませんが、そこから派生した理論は現在の技術の基礎を支えています。
今回の論文も、その系譜に連なる一例といえそうです。
タイムトラベルできる「人間が乗れるマシン」が現実にできるかどうかではなく、「もしできたとしたら、情報の流れはどう変わるのか?」を、真剣に計算してみる。
すると、私たちが当たり前だと思っていた通信の常識――情報は時間の前から後ろにしか流れない、未来は過去に影響しない――の足元を、そっとすくうような結論が現れてきました。
そしてこの理論も、未来の技術の基礎となる可能性を秘めていると言えるでしょう。

