このシリーズでは、多くのテニスの試合を見ているプロや解説者に、「この選手のここがすごい」という着眼点を教えてもらう。試合観戦をより楽しむためのヒントにしてほしい。
第44回は、元デ杯代表で引退後は男女ナショナルチームのコーチを歴任、現在は盛田正明テニスファンドのスタッフを務める丸山薫氏に話を聞いた。彼が注目点として挙げたのは、世界1位の座を奪還したヤニック・シナーの“ステップワーク”だ。
フォアハンドストロークのスタンスについて、丸山氏は「世界のツアーでは長い間、セミオープンやオープンがパワー的に主流でした」と語る。しかしその流れに待ったをかける選手が現れた。それがシナーだというのだ。
「シナーほどフロントステップ...つまりスクエアスタンスでフォアを打つ選手は珍しい。練習を見ているとほぼ100%左足をステップインします。練習はコート中央でのラリーが多くなるから、必ず左足を前に踏み込むんです」
近年のテニス界でオープン系のスタンスが重宝されるのは、上体のひねり戻しを使ってパワーを出せるのが理由の1つだ。ただ、テニスの基本とされるのはスクエアスタンスであり、踏み込んだ方向に容易にコントロールしやすいという大きな利点がある。
「かつてボブ・ブレット(ベッカーや松岡修造を育てた名コーチ)は強くフロントステップを勧めていましたが、シナーはそれを実践しています」と丸山氏。
「特にクロスに来たボールをダウンザラインに打ち返す時、オープン系だとタイミングが少しずれただけでサイドアウトします。でも左足をステップインするとボールを真っすぐ飛ばせて、なおかつラケットを振り切れるんです」
さらにシナーが非凡なのは「フロントステップしながら回転運動も入れている」点だ。「体幹も使うことでパワーと安定感の両方を生んでいる。昔のフロントステップは後ろから前に運ぶ形だったのが、体幹のターンもプラスしてスピードを出しているのが、現在のシナーです」と丸山氏は称賛する。
シナーの影響で、最近は他の選手もフロントステップが増えてきたそうだ。
「フォンセカなんかも取り入れていますね。ブラジル選手は伝統的にオープン主体でしたが、強打の時によく使います」。
これからどれだけフロントステップが広まるか、注目してほしい。
◆Jannik Sinner/ヤニック・シナー(イタリア)
2001年8月16日生まれ。191cm、77kg、右利き、両手BH。少年期はスキー選手としても有望で、13歳からテニスに専念し、18年にプロ転向。24年に全豪を初制覇し、世界1位に上り詰める。スピーディーな攻撃と鋭いカウンターの守備を併せ持ち、これまでに四大大会で4勝。今年はマスターズ1000を4大会制し、アルカラスに譲っていたATP1位の座も4月に奪還した。
取材・文●渡辺隆康(スマッシュ編集部)
【連続写真】フロントステップで身体の回転運動も使ったシナーのフォアハンド『30コマの超分解写真』
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