
「古代ローマの建築技術」と聞くと、多くの人はコロッセオや水道橋、分厚い壁に支えられた巨大建築を思い浮かべるかもしれません。
ローマ人は石材やコンクリートを巧みに使い、長く残る建物を作ったことで知られています。
ところが、そんなローマ人の発明とされていた高度な建築技術の一部が、実はローマ人より約8000年も前に存在していた可能性が出てきました。
イスラエルのエルサレム西方にあるモツァ遺跡で見つかった新石器時代の漆喰床を分析したところ、これまで古代ローマで初めて使われたと考えられていた「ドロマイト質の石灰漆喰」の製造技術が確認されたのです。
研究の詳細はイスラエル考古学庁(IAA)により、2026年4月16日付で学術誌『Journal of Archaeological Science』に掲載されています。
目次
- ローマ人より遥か昔に発明していた技術
- その後、ローマ時代まで失われた可能性
ローマ人より遥か昔に発明していた技術
モツァ遺跡は、紀元前7100〜6700年頃の新石器時代B期に栄えた大規模な集落です。
この時代はまだ「土器以前」であり、陶器が日常的に使われるようになる前の段階とされています。
そのため、現代の私たちはつい「当時の人々の技術は素朴だったのでは」と想像してしまいます。
しかし、モツァの発掘調査では、そのイメージを大きく変える証拠が見つかりました。
遺跡からは100以上の漆喰床が確認されており、その中には赤い顔料で塗られた保存状態のよい床もありました。
漆喰とは、石灰などを原料にして作られる建築材料です。
現在でも壁や床の仕上げに使われることがありますが、作るには石を焼き、水と化学反応させ、再び固めるという工程が必要になります。
一般的な石灰漆喰は、石灰岩に含まれる「方解石」を利用して作られます。
石灰岩を高温で焼き、水を加えて消化し、空気中の二酸化炭素と反応させることで硬い材料に戻すのです。
これは「石灰サイクル」と呼ばれる化学的な工程です。
ところが、モツァの漆喰床では、それとは異なる材料も使われていました。
それが「ドロマイト」です。
ドロマイトは方解石とは成分が異なる鉱物で、これを漆喰の材料として使うには、より細かな温度管理や条件の制御が必要になります。
単に石を砕いて混ぜればよいわけではありません。
ドロマイトを焼いて漆喰にする工程は難しく、これまでその技術の古い証拠はローマ時代に現れると考えられていました。
しかし今回の分析では、モツァの人々がドロマイトを単なる混ぜ物として使っていただけでなく、焼成して結合材として利用していたことが示されました。
つまり、床を丈夫にするための「本体」としてドロマイトを使っていた可能性があるのです。
モツァの人々は、石の種類を見分け、それぞれの性質に合わせて建築材料を作っていたと考えられます。
その後、ローマ時代まで失われた可能性
今回の研究で特に重要なのは、モツァ遺跡から2種類のドロマイト系床材が見つかったことです。
一つは、ドロマイトを砕いて骨材として混ぜたタイプです。
これは、砂利や小石をコンクリートに混ぜるように、材料の一部として加えたものと考えられます。
一方でもう一つのタイプでは、ドロマイトが結晶として再形成されていました。
これは、ドロマイトを焼成し、水と反応させた後、再び鉱物として固まる過程が起きていた可能性を示します。
研究チームは、ここに「ドロマイト・石灰サイクル」と呼べるような複雑な工程が存在した可能性を見ています。
この点が、今回の発見を単なる「古い床材の発見」ではなく、技術史の見直しにつながるものにしています。
さらにモツァでは、2つの窯(かま)の跡も見つかっています。
それらは直径1.5〜2.6メートル、深さ約50センチメートルの浅い火床で、一方はドロマイト石灰用、もう一方は方解石石灰用に使われたと考えられています。
もしこの解釈が正しければ、モツァの人々は材料ごとに窯を使い分けていたことになります。
方解石とドロマイトでは、焼く温度や処理条件が異なります。
別々の窯を使っていたということは、彼らが「石はどれも同じ」と考えていたのではなく、石の性質の違いを経験的に理解していた可能性を示します。
【実際に発見されたドロマイト質漆喰の画像がこちら】
しかも、ドロマイト質の石灰漆喰には実用上の利点があります。
ドロマイトが豊富な地域であれば、遠くから方解石を運ばなくて済みます。
また、ドロマイトは方解石より低い温度で焼成できるため、燃料の節約にもつながります。
さらに、うまく作れば通常の方解石質の漆喰よりも強く、水に強い材料になる可能性があります。
床材として使うなら、これは大きな利点です。
日々人が歩き、湿気にもさらされる床には、丈夫さと耐水性が求められるからです。
ただし、この技術はその後、長い間考古記録から姿を消したようです。
ドロマイト質の石灰漆喰の技術は、再び確認されるまでローマ時代を待つことになります。
つまりモツァの発見は、「ローマ人が初めて到達した技術」だと思われていたものが、実は新石器時代に一度達成され、その後忘れられた可能性を示しているのです。
もちろん、モツァの人々が現代化学のように鉱物名や反応式を理解していたわけではありません。
しかし、彼らは石を選び、焼き、水と反応させ、床材として使える形に仕上げる工程を実践していました。
それは、文字も土器もない時代の人々が、生活の中で磨き上げた高度な材料技術だったと言えます。
考古学の面白さは、こうした発見によって「古い時代ほど単純だった」という思い込みが揺さぶられるところにあります。
モツァの床は、ただ人々の足元を支えていた建材ではありません。
そこには、石の性質を見抜き、火を操り、共同作業で大規模な床を作り上げた新石器時代の知恵が刻まれていたのです。
参考文献
Plaster-making technique previously attributed to the Romans appears 8,000 years earlier in Motza
https://phys.org/news/2026-05-plaster-technique-previously-attributed-romans.html
元論文
Neolithic plaster floors at Motza: Earliest case of burning dolomite for plaster
https://doi.org/10.1016/j.jas.2026.106557
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

