今、コンビニのレジで酒やたばこなどの成人向け商品を買おうとすれば、画面の「私は20歳以上です」というボタンを押すよう促される。少し若く見えれば、身分証明書の提示を求められることもあるだろう。しかし昭和の時代は、子供が酒やたばこを買うことが、いわば「日常的な風景」だった。
子供たちが近所の酒屋やたばこ屋へ走り、「マイルドセブン1箱と、ビール2本ください」と注文すれば、店主は当然のごとく「お父さんから頼まれた」として、商品を手渡してくれた。そこには年齢確認という概念も、法に触れるという緊張感も存在しなかったのである。
子供たちにとってこのお使いは、ささやかな「報酬」を得る重要な手段だった。たばこ代の釣銭をお駄賃としてもらったり、帰りに数十円の駄菓子を買うことが許されたり。あるいは店主から「小さいのにお使いができて偉いねぇ」となどと飴玉をもらうこともあり、大人たちの嗜好品が地域コミュニティーの中で、親子のコミュニケーションや子供の社会勉強の道具になっていたように思う。
むろんその背景には、圧倒的な喫煙率の高さと、社会の「大らかさ」という名のルーズさがあったことは言うまでもないだろう。
自動販売機がいたるところに…誰も疑問を抱かなかった
酒やたばこの自動販売機は町のいたるところにあり、年齢制限のカードリーダーなど、もちろん付いていない。したがって、誰でも、いつでも、ボタンひとつで購入できた。たばこや酒が大人の文化としてあまりにも身近だったため、子供がそれを買うことに対し、誰も疑問を抱かなかったのである。
ところが1990年代に入ると、未成年者の健康被害や依存症を懸念する声が続出。それに伴い、販売する側の罰則強化が進み、あれよあれよという間に、こうした光景は姿を消すことになった。
子供でも普通にお酒やたばこが買えたこと自体、先進国では「どうなのか」と思ってしまうが、渡されたお金を握りしめて酒屋やたばこ屋へ走った記憶を持つ世代としては、今の厳格なルールには少し息苦しく感じることが……。
健康もコンプライアンスもお構いなしだった、ワイルドな時代。それが「不適切にもほどがある昭和」だったのである。
(乾章)

