
第1話は無限列車に乗り込む直前のアニメオリジナルストーリー。画像は「TVアニメ『鬼滅の刃』無限列車編」第1巻 Blu-ray&DVD (C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
【画像】え、「罪な可愛さ」「少年っぽくて最高」こちらが「舌ペロ」しながら、ハンドメイドにいそしむ煉獄さんです
「炎柱」という「継承」
フジテレビ系にて全編再放送中のTVアニメ『鬼滅の刃』シリーズでは、鬼殺隊の隊士となった「竈門炭治郎」の活躍が描かれます。その炭治郎を大きく成長させたのが、炎柱「煉獄杏寿郎」との出会いと別れでした。今回は、鬼殺隊のなかでも最古参に属し、代々「炎柱」を輩出してきた名門剣士の家系である「煉獄家」の強さの秘密を考えます。
杏寿郎の父である「煉獄槇寿郎」も元柱であり、煉獄家では「炎柱」という役割そのものが継承されてきました。しかし槇寿郎は挫折し、炎柱の継承は一度途切れかけます。それでも杏寿郎はひとりで鍛錬を続け、ついには柱となったのです。
煉獄家では、ただ「技」や「地位」が伝承されるだけではなく、煉獄家に生まれた者としての「生き方」が継承されていると言えます。その「強さ」は「技術」だけではなく、「責務」にこそあるのです。
煉獄家の祖先は、「始まりの呼吸の剣士」と呼ばれる「継国縁壱」が鬼殺隊に入る以前から鬼狩りをしていました。そして、縁壱の鬼殺隊入隊にも深くかかわっているようです。
縁壱は、自身の留守中に自宅が鬼に襲われ、妻とお腹の子供の命を奪われました。喪失に沈む縁壱のもとに現れたのが煉獄家の祖先です。原作マンガでは、「弔ってやらねばかわいそうだ」と縁壱に声をかけています。ここで彼が見せたのは、単なる優しさではありません。弔われない死とまだ討たれていない鬼という、「放置された状態」を「そのままにはしておけない」という「責務」の感覚です。縁壱の悲しみにただ寄り添うのではなく、「やるべきこと」に縁壱を引き戻し、先に進ませました。
また、その後、鬼になった兄の件で縁壱が柱や隊士たちから糾弾された場面では、煉獄家の祖先が責める人びとを止めに入っている様子が描かれていました。これもまた、縁壱個人への怒りに傾いた空気を引き戻し、「責務」に立ち返るべきという判断です。
この「責務」で動く姿勢は、同時に「重さ」も伴います。槇寿郎が覇気を失った背景には、この構造が関わっていると考えられます。「炎柱の書」には、縁壱という圧倒的な存在と、どうしても彼に及ばない後世の剣士たちの現実が記されていました。その事実は、炎柱という役割を担う者にとって、あまりに重い現実でした。「どれだけ努力しても届かない」という事実を、責任感の強い者ほど真正面から受け止めてしまうのです。
つまり、槇寿郎の挫折は、「弱さ」ゆえではありません。責務を真剣に背負った者が、理想との落差に耐えきれなかった結果ともいえます。
一方、杏寿郎は、到達できない「強さ」があることを前提に、それでも「目の前の命を守る」という役割を選び続けるのです。これこそ煉獄家の継承の本質といえます。そして、その継承の「かたち」は、杏寿郎の死によって大きく変化しました。家系としての継承は終わっても、彼の意志は炭治郎はじめ伊之助や善逸ら若い世代に拡散したのです。彼らは炎の呼吸を使わずとも、彼の「生き方」を受け取っています。
もちろん鬼殺隊には組織としての厳しいルールがあります。入隊にも、柱に昇格するにも、明確な基準があり、それを突破する実力が求められるのです。煉獄家は理念を語るだけでなく、その生き方を現実の強さとして証明し続けてきた家系でもあります。理念だけでは鬼は倒せませんし、力だけでも継承は続きません。煉獄家は責務に根ざした思想と、それを支える実力の両方を持っているからこそ強いのです。
※煉獄の「煉」は「火+東」が正しい表記となります。
