
メキシコの首都メキシコシティが、場所によっては月2センチを超えるペースで沈んでいることが、NASAとインド宇宙研究機関の共同衛星ミッション「NISAR」による観測で明らかになりました。
地盤沈下そのものは以前から知られていましたが、今回の観測では、沈下がどこまで広がり、地域ごとにどのような差があるのかが、より詳しく捉えられるようになっています。
都市を沈めている主な原因は、地下水の過剰な汲み上げです。
なぜ、メキシコシティでは水を使うことが、街そのものを沈める事態につながっているのでしょうか。
目次
- 歴史的建物が傾く街、メキシコシティ
- 原因は地下水の汲み上げ過ぎ
歴史的建物が傾く街、メキシコシティ
メキシコシティ中心部のソカロ広場を歩くと、この都市が抱える問題を目で見ることができます。
広場の一角に建つメキシコシティ・メトロポリタン大聖堂は、堂々とした尖塔を持ちながらも、建物全体がわずかに傾いているのです。
隣接する教会は別の方向へ傾き、近くの国立宮殿も、どこか水平を失っているように見えます。
これは古い建物の老朽化だけが原因ではありません。
メキシコシティ全体で、地面そのものが沈み続けているのです。

この地盤沈下は、少なくとも1925年にはすでに確認されており、1世紀以上にわたって続いてきました。
現在では、建物の傾きだけでなく、道路の変形、上下水道管の破損、地下鉄システムへの損傷など、都市インフラ全体に影響が出ています。
人口約2200万人を抱える大都市にとって、これは単なる地質学上の現象ではありません。
道路が歪めば交通に支障が出ます。
水道管や排水管が壊れれば、水の供給や衛生にも影響します。
さらに、地盤沈下でひび割れた配管から水が漏れれば、ただでさえ不足しがちな水資源が失われていきます。
メキシコシティでは、漏水によって推定40%もの水が失われているとされます。
街が沈むことで水道管が壊れ、水道管が壊れることでさらに水不足が深刻になるのです。
今回、NASAとインド宇宙研究機関の共同プロジェクトであるNISARは、こうした沈下の広がりを宇宙から詳細に捉えました。
NISARは強力なレーダー観測衛星で、雲や植生に妨げられにくく、地表のわずかな変化を検出できます。
これにより、メキシコシティの一部地域、たとえば主要空港周辺では、月に2センチ以上という世界的にも非常に速いペースで地面が沈んでいることが確認されました。
目に見える街並みの歪みは、地下で進む変化の表面に現れたサインなのです。
原因は地下水の汲み上げ過ぎ
メキシコシティの地盤沈下を理解するには、この街がどこに造られたのかを知る必要があります。
現在のメキシコシティとその周辺は、かつて古代の湖が広がっていた場所に築かれています。
そのため、都市の下には水分を多く含んだ、柔らかい粘土質の地盤があります。
これは、硬い岩盤の上に都市が乗っている状態とは大きく異なります。
スポンジに水をたっぷり含ませると、ふくらんだ状態を保てます。
しかし、その水を抜いて上から重いものを乗せれば、スポンジは押しつぶされて薄くなります。
メキシコシティの地下でも、それに近いことが起きています。
都市の下にある帯水層から地下水を大量に汲み上げると、水を含んで支えられていた粘土質の地盤が圧縮されます。
その上には巨大な都市の重みが乗っています。
水が抜けた地盤は少しずつ締め固まり、結果として地表が沈んでいくのです。
しかも、この変化は簡単には元に戻りません。
一度圧縮された粘土質の地盤は、再び水を入れたからといって、元の厚みまでふくらむわけではありません。
そのため、地盤沈下は長期的かつ蓄積的な問題になります。
厄介なのは、メキシコシティが今も地下水に大きく依存していることです。
地下の帯水層は、首都の水供給のおよそ半分を担っているとされます。
つまり、地下水の汲み上げを減らさなければ沈下は止まりにくい一方で、急に汲み上げを止めれば、多くの住民の生活用水が足りなくなる可能性があります。
さらに近年は、気候変動の影響により降雨量の少ない年が続き、水不足への不安も高まっています。
地下水を汲み上げるほど地盤は沈み、地盤が沈むほど水道管が壊れ、壊れた水道管から水が失われます。
そして水が足りなくなるほど、また地下水に頼らざるを得なくなります。
今回のNISARによる観測は、この悪循環をより詳しく可視化するものです。
沈下がどの地域で速く進んでいるのか、土地の種類によってどのように違うのか、これまで調べにくかった都市周辺部では何が起きているのかを知ることは、対策を考えるうえで重要です。
ただし、観測できることと、問題を止められることは別です。
建物の基礎を補強するような局所的な対策はありますが、都市全体の沈下を止めるには、地下水への依存を減らす必要があります。
しかし、それは水道インフラ、漏水対策、雨水利用、別の水源の確保などを含む、非常に大きな課題です。
メキシコシティの地盤沈下は、単に「地面が沈んでいる」という話ではありません。
それは、都市の成り立ち、水の使い方、インフラの老朽化、気候変動が絡み合った、現代都市の脆さを映し出す現象なのです。
地面は一気に崩れ落ちるわけではありません。
しかし、月に数センチという静かな沈下は、積み重なれば道路を歪め、建物を傾け、水道管を壊し、やがて都市の暮らしそのものを揺るがします。
宇宙から見えるメキシコシティの沈下は、足元の地面が決して「当たり前に安定したもの」ではないことを教えているのです。
参考文献
Up to 2cm a month: Nasa keeps track as Mexico City sinks into the ground
https://www.theguardian.com/world/2026/may/07/mexico-city-sinking-subsidence-2cm-a-month-nasa-nisar
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

