大阪の中心地・北浜。大阪取引所や五代友厚像がそびえ立つこのエリアに、一風変わった名前の筋(南北に通る道)が存在するという。
今回は、河合郁人とABCテレビの福井治人アナウンサーが、その名前に隠された壮大な歴史ミステリーに挑んだ。
その筋の名は「三休橋(さんきゅうばし)筋」。“一休さん”ならぬ“三休”……。河合は「三休ならとんちが相当得意そうだな!」と冗談を飛ばしながら調査を開始した。
調査を進めると、この通りには重要文化財の『綿業会館』や、明治時代から続く歴史的な建物のレストランなどが立ち並んでいることが判明。高麗橋通の名の由来となっているように、かつては朝鮮(当時の高麗)との貿易や紡績業で栄えた、大阪の産業を支える重要なエリアだった。
河合は、多国籍な交流があったことから
「ありがとう」=「サンキュー」
で三休橋なのでは? と予想するが……歴史探訪プランナーの森なおみさんからは非情にも「関係ありません!」と断言されてしまう。
しかし、そもそも三休橋が見つからない! 三休橋は存在しないではないのか? という疑念を森さんにぶつけてみると———?
実は「三休橋」という橋は、かつてこの筋を南へ下った長堀川に実在していた。しかし、昭和39年の川の埋め立てに伴い撤去。現在はその名前だけが、筋の名前として残っているのだという。
森さんからのミステリーはここから。
三休橋という名前は、ある“3つのもの”を休ませたことから名付けられたのだという。
では一体、何を休ませていたのだろうか?
河合と福井アナは調査により、三休橋を挟んで心斎橋、長堀橋そして中橋があることを発見。心斎橋と中橋はすでに確認したふたりは、最後にかつて長堀川が流れていた場所にある地下街『クリスタ長堀』へ。
そこで見つけたのは、かつて長堀橋のたもとにあったという、江戸時代に日本中の名石が集められた石濱(いしはま)の跡だった。
さらに、当時の街の様子を描いた「浪花百景」には、石材や材木がひしめき合う活気ある大阪の姿が。これを見た河合と福井アナは、自信満々に最終予想を導き出す。
「 休ませた3つのものとは、石・木材・そして運んでいた人だ!」気合十分で発表したNDYのふたりだが……
結果はまさかの0点!
森さんが案内した答えは、足元に残された「中橋」の親柱にあったのだ。
この中橋の立派な親柱から読み取れるのは、油やお米を運ぶ大きくて重い大八車が行き交うことができるほど、大きい橋=産業道路だったということ。また心斎橋は、人々が華やかに行き交う表参道、長堀橋は石材や材木を運ぶ物流の要として活躍していた。
そこで、これら3つの橋の混雑と老朽化を緩和させるため、つまり、
「この3つの橋(心斎橋・中橋・長堀橋)を休ませてあげるため」に新たに架けられたのが、三休橋だったのだ!
「3つの橋を休ませるための橋」という、なんとも大阪らしい合理的な由来に納得しつつも、0点の結果に腰が砕けてしまうほどショックを隠せない河合なのだった。
この調査の模様は、情報番組『newsおかえり』(毎週月曜~金曜午後3時40分、ABCテレビ)内の「福井✕河合のなんでやねん!?」5月5日放送回で紹介された。
大阪・北浜から心斎橋へと続く美しい「三休橋筋」。次にこの道を歩くときは、かつて休んでいた3つの橋の歴史に思いを馳せて、ちょっと“一休み”のしてみては?

