「私自身、1ゲームも取れなかった。本当に申し訳ない…」
試合後、あふれる涙をこらえきれず、早田ひなが絞り出した言葉が、絶望的な実力差を物語っていた。
5月10日、英ロンドンで開催された卓球世界選手権団体戦、女子決勝。日本女子は1971年以来の金メダルへあと一歩まで迫りながら、2-3で中国に屈した。大金星に王手をかけた日本を絶望の淵に叩き落としたのは、シングルス世界1位の絶対的エース、孫穎莎(ソン・エイサ)だった。
今や「怪物」と恐れられる彼女だが、卓球を始めた理由は、共働きの両親が「仕事で迎えに行くまでの時間稼ぎ的」な習い事だったという。卓球メディア記者が語る。
「孫の家族にプロ経験者はいなかったものの、すぐに頭角を現し、8歳の頃には遠征の連続の日々に。このままでは勉強がおろそかになる、と見かねた母親が『もう卓球を辞めなさい』と遠征先から連れ帰ろうとしたそうですが、彼女は号泣しながら母親に哀願。その執念が、今の折れない心を作ったといわれています」
コート上では一切の隙を見せないポーカーフェイスを貫く彼女だが、これは父からの「常に冷静であれ」という教えを忠実に守っているからだとされる。
とはいえ、一歩コートを離れれば、目を開けてから寝るまで喋り続ける「お喋り好き」に変貌。悩みや分析を全て言葉にして母親に伝えることで、感情を溜め込まずにデトックスする。この言語化能力こそが、コート上であの「氷のメンタル」が保つ、彼女独自のメンタル管理術だといわれている。
数年越しでも必ずリベンジを成功させる
前出の卓球メディア記者が言う。
「彼女は名門・上海交通大学を卒業したインテリで、練習日記には技術的ポイントが緻密に記録されているそうです。つまりあの戦術眼は、高い知性と徹底した自己分析によるものだということです」
さらに孫の恐ろしさは、一度敗れた相手には数年越しでも必ずリベンジを成功させるという、人間離れした適応力にある。つまり敗北を単なる負けに終わらせず、次の勝利へのデータとして取り込む学習能力こそが、彼女を真の怪物たらしめているのである。
解説の水谷隼氏が評した「ゾーンに入った時の強さ」。それは相手の打球が来る前にすでにラケットがそこにあるかのような、予知能力に近い。練習で見てきた圧倒的な打球数と、天性の勘が融合。卓球というスポーツの次元を一段階、上げてしまったのだ。
「彼女を超えなければ、日本女子に金メダルはない」
55年ぶりの悲願達成への道のりは、この巨大な「壁」を少しずつ崩していく作業にほかならないのかもしれない。
(灯倫太郎)

