東映vs.東宝――激突する新幹線
後年、『新幹線大爆破』の宣伝について、特撮ばかりをクローズアップしたのが失敗だったという趣旨の発言を関係者がしていた。だが、撮影当時のスポーツ紙、週刊誌などを見ていくと、それもやむを得なかったのではないかと思えてくる。なにせ1975年5~6月にかけて、日本映画の話題は、『新幹線大爆破』と『動脈列島』(1975)に集中していたからだ。
清水一行原作の騒音公害をテーマにした増村保造監督の『動脈列島』は、東宝の関連会社である東京映画が製作し、東宝が配給した作品である。劇中には、新幹線こだま号が脱線するシーンや、新幹線と並走する車から発信された停車信号の電波によって新幹線が停車する場面があった。
撮影時期も内容も『新幹線大爆破』と重なることから、マスコミは新幹線映画の競作と囃し立てた。もっとも、『動脈列島』は特撮を使わないという方針を立てており、国鉄にも最初から協力を求めなかったという点では対照的な存在だった。
双方の監督も、互いの作品は意識していたようで、舌戦を繰り広げている。1975年6月15日の「報知新聞」から、その発言を引用しよう。
まずは、『動脈列島』の増村保造監督による『新幹線大爆破』批判――「東映は犯人が全学連くずれとか、食いつめた中小企業のオッサンといったざ折した人間にしている。たまたま金もうけの相手に新幹線を選んだだけで、船であろうと、飛行機であろうと同じですよね。動機がはっきりしない。こっちは(略)新幹線公害という社会問題と密着しており、新幹線と切り離せないわけですよ」。
一方、佐藤純彌監督による『動脈列島』批判――「アチラは公害をニシキの御旗にする社会派ドラマなら、何も新幹線でなく公害で真っ正面から取り組めばよい。(略)公害解決の“世直し”のため、新幹線に挑むなんて現代のドン・キホーテですよ。ファンの共感を得られるんですかね。むしろ金もうけという理由こそ今日的でリアリティーがあるじゃないですか」。
どちらも撮影中の発言につき、完成した作品を互いにどう観たのか、語り合ってもらいたかったものだ。
しかし、特撮を使わない『動脈列島』は、『新幹線大爆破』に比べると地味にならざるを得ない。記事になりにくい。配給する東宝では、その辺りも計算に入れていたのか、1975年4月30日に『動脈列島』と、特撮を駆使する『東京湾炎上』(1975)を同時に製作発表した。後者は石油タンカーがシージャックされるパニック映画である。つまり、〈東映vs東宝〉という形になって競い合うことで話題を振りまくことになった。
実際、5月10日に東宝撮影所で『東京湾炎上』のタンク54個が次々に爆破される見せ場の撮影が行われると、さっそく〈石油基地炎上〉の大きな見出しで記事になっている。2日後には東映は『新幹線大爆破』の製作発表を行い、これは各紙が大きな記事として扱っている。
5月18日の「サンケイスポーツ」では、『動脈列島』が撮影を開始したことが報じられているが、同じ欄には、〈露木アナ、東映出演へ〉という見出しで、『新幹線大爆破』にフジテレビの露木茂アナウンサーが出演交渉を受けていることが記されている。記事によると、「露木アナの役割はテレビのニュースキャスター。新幹線爆破事件をキャッチした彼は、テレビの画面から全国の視聴者に、緊迫した事件の進行状況を刻々と伝える設定で、観客へのナレーターといった役割も果たすことになる」と詳細に伝えているものの、社内のセクションの関係もあり、最終的にこの特別出演は実現しなかった。
余談だが、2025年版の『新幹線大爆破』には、元フジテレビアナの笠井信輔が情報番組の司会者役で出演しており、50年越しにフジアナの出演を実現させたことになった。
ことほどさように、〈東映vs東宝〉の宣伝合戦を紙面を通して見れば、いかにして話題を作るかで両者が争っていたことが伝わってくる。特撮の現場を高倉健と宇津井健が表敬訪問すると、各紙が大きく紙面を割いたが、ふたりの健さんが顔を出したのは、もちろんマスコミ対策である。『報知新聞』(75年5月24日)には、〈陸と海で特撮合戦〉の見出しで、新幹線のミニチュアを抱えた高倉と宇津井の下に、『東京湾炎上』で全長7メートルのタンカー2隻がお披露目されたことが記事になっている。
しかし、こうした宣伝合戦を冷ややかに見つめる者もいた。国鉄本社広報部の担当者である。苦々しげにこう語っている。
「東映は初めは全員無事救出されると聞いていたが、新聞広告をみると新幹線が爆破され、真二つに割れている。社会的に与える影響を少しは考えてもらいたい。東宝も脱線させたり、ストップさせたり、性格的には“類似犯”だ。近く国鉄としては正式に抗議する方針でいます」(『報知新聞』75年6月15日)
話題作りに励めば励むほど、国鉄の怒りを買っていたわけである。また、意外なところで被害を被る人物がいた。『新幹線大爆破』と『動脈列島』の両方に出演する俳優である。その一人である鈴木瑞穂は、「双方からあれこれ聞かれましてね。まあ、東映が東宝からスパイがきたと騒いでいますが、東映も、東京映画に、新幹線をストップさせる波長を教えてくれと探りを入れてきたそうですよ。どっちもどっち、痛み分けですよ」(「報知新聞」前掲)と明かしているが、特撮を使わずに新幹線を脱線させたり、停車させるとは、一体どうやって撮るつもりなのか、東映も興味深く見ていたようだ。
では、少し脱線するが、『動脈列島』の新幹線絡みの場面をどう撮影したのかを見てみよう。脱線場面は写真で処理されたが、時速200キロで走る新幹線と車が並走し、新幹線を停車させる場面を映像で見せるのは容易ではない。
名神高速道路の岐阜羽島駅からほど近い木曽川の鉄橋付近に、高速道路と新幹線が至近距離で並走できる区間がある。そこをロケ地に定め、撮影の原一民は製作進行の助手をドライバーに立て、レンタカーでテスト走行を行った。名神高速を時速150キロで走行して新幹線と並走してみたところ、約3秒間は並行走行が実現した。だが、次の瞬間には新幹線は車を追い抜いていった。ところが、しばらくすると、再び車は新幹線に接近していく。ついには新幹線を追い抜くという現象が起きた。岐阜羽島駅が近づいたために新幹線が減速したのだ。これを利用して、新幹線を停車させる見せ場を実写のみで実現させることになった。
本番では、新幹線を停めようとする犯人が乗る車と、撮影のための車の2台が必要となる。それも名神高速道路を一般車が通行している中で撮影するのだから、事故が起きかねない。そこで、カーアクション映画の傑作『ヘアピン・サーカス』(1972)で車のテクニカルアドバイザーを務めた大坪善男に助言を求め、車種とドライバーの推薦を依頼し、現役の若手レーサーが参加して撮影が敢行された。
新幹線を停車させるトリックは、まずはノーマルの速度で撮影を開始し、途中で徐々にハイスピードへ切り替えていく手段が検討された。これによって新幹線が速度を落としていく効果が出せたものの、35mm用のマークⅡというハイスピードカメラでは倍率が5倍に限定されていたことから、いかにも映像技法によってスローモーションにして誤魔化しているように見えてしまう。
そこで、画面内から新幹線以外の動く物(車、木々、線路脇の雑草など)を全て除外したアングルを選び、5倍の倍率でハイスピード撮影を行った上で、コマ伸ばしを加えることで、新幹線が速度を落としているかのように見せることにした。このときカメラのシャッター開角度は45度に設定することで、1000分の1秒で映像は映し出される。そして、手頃な1コマを引き伸ばしてストップモーションさせることで、時速200キロで走っていた新幹線は完全に停車したように見せることが出来た。このとき、オーバーラップを数コマずつかけることで、より自然に停車していく姿を表現した。カメラの構造と現像によるオプチカル処理によって、ミニチュアに頼らずに新幹線を停めてみせたのだ。
上映中止要請と公開の危機
1975年6月23日、国鉄から東映へ、正式に『新幹線大爆破』上映中止を求める要望書が届いた。そこには以下のように記されていた。
〈貴映画の設定がフィクションであるとはいえ、貴映画の内容が特に昨今社会に大きな不安を与えている爆破ということが主題であることにかんがみ、その上映が社会に対して与える影響は、けっして好ましいものとはならないと思考されます。これらの事情を考慮して、この映画の上映計画を中止することを強く要望します。〉
24日の「報知新聞」は、国鉄と東映からの次のようなコメントを掲載している。
「映画が社会的に与える影響を考慮に入れて中止要請に踏み切りました。東映もその点を十分に考え、反省していただきたい。上映を強行した場合の措置については東映の出方をみて決めたい」(国鉄本社広報部)
「国鉄には企画段階で協力を拒否されたが、中止してほしいとは聞いていなかった。(略)現在の新幹線のシステムは完ぺきで犯罪がいかに困難であるか、映画をご覧になればわかるはず。五億数千万円の製作費をかけた映画を中止することはありません」(東映企画製作部長・登石雋一)
6月27日付で、東映は国鉄に以下の回答を送った。
〈映画「新幹線大爆破」は、もとよりフィクションであります。”フィクションといえども犯罪の模倣性がある”という御主張ですが、映画の持つ文化性と観客の理解度は、御想像のような低次元のもとでは決してないと考えております。(略)弊社と致しましては、社会的悪影響よりもむしろ一般には諸種の好影響をもたらすものと考え、御社に対し当初から御協力方を打診致したような次第であります。この弊社の意とするころが御理解頂けなかったことは、まことに遺憾でありますが、さりとて弊社の企画意図は決して誤ってはいないと考えております。その意味で、この映画は貴殿お申し入れの上映中止理由には該らないと存じられますので、貴意にお沿いできかねますことを御諒解願い上げます。〉
東映は、国鉄からの要請を一蹴したのだ。もっとも、国鉄の真意は上映中止ではなく、宣伝の取り扱いではないかという見方もあった。つまり、国鉄が本気で上映中止を求めるなら、国鉄総裁から東映社長へ要望書を送るのが筋だからだ。ところが、実際は国鉄の広報部長から、東映の宣伝部長宛に送られてきていた。これは上映中止が聞き入れられないことは最初から承知しており、宣伝を慎重に取り扱うことを求めることが本題だったのではないか。
というのも、新幹線を爆破する特撮カットの撮影にマスコミを集めたところ、新聞雑誌は、こぞって爆発の瞬間を大きく載せた。モノクロで掲載された写真は、特撮の完成度が高いこともあり、本物にしか見えないほど生々しい。新聞では全面広告も打たれ、新幹線が爆発するイラストが大きく描かれていた。また、劇場窓口では〈あと●日で爆破!〉と煽るのだから、「下手に動くと、逆に映画の宣伝に利用されかねない」(「報知新聞」75年6月24日)と警戒していた国鉄も黙っていられなくなったということだろう。だが、公開直前の上映中止要請は、最高のタイミングで宣伝になってしまったのだが。
一方、東映側は別の理由で公開を危ぶんでいた。公開日まで10日を切りながら、まだ撮影が終わっていなかったからだ。国鉄からの中止要請がニュースとなった6月24日は、クランクアップの日でもあった。
ほぼ順撮りが行われただけあって、最後に残されたのは物語の終盤にあたる羽田空港、滑走路、埋立地を舞台にした場面だった。これらを最終便が出た夜の10時から夜明けまでの7時間で撮り切らなければ封切りに間に合わない。
常識的には、これだけの物量を一晩で撮るのは不可能だったが、撮影所というシステムがそれを可能にした。4班体制で準備にあたり、監督とメインスタッフと高倉健ら出演者は、撤収や仕込みを待つことなく、その場面が撮り終わると、直ぐに次の現場へ急行する。すると次の班が撮影準備を整えており、直ちに本番へ入ることが出来た。こうして時間のロスを無くし、一晩で一気に撮りきることを可能にした。撮影所の底力が『新幹線大爆破』を撮り終えさせたのだ。
とはいえ、撮影が終わっても仕上げの作業が残されていた。2時間半の巨編かつ、撮影当初から4班編成で撮りまくったため、素材が大量にあり、編集にも時間がかかった。完成作品への映倫審査が行われたのが6月30日。公開日まで残り5日だった。
公開前日の7月4日には、夜6時開場、6時半開映で有料試写会が渋谷東映でひらかれた。料金は千円である。舞台挨拶が行われ、佐藤純彌監督、高倉健、宇津井健、山本圭、織田あきら、松平純子が壇上にあがった。開場を待つ観客は約200人。後方には空席も目立ったことが、関係者に微かな不安を与えた。
そして公開初日となる翌日5日。この日は7月最初の土曜日となり、梅雨前線の停滞で都内は時おり小雨が降る天気で、出足が鈍ることが心配された。しかし、銀座の丸の内東映では、午前11時30分の初回前には約130人が行列を作っていた。この回の劇場内の様子を「報知新聞」(75年7月6日)が次のようにレポートしている。
〈いつもは“やくざ映画”ファン、男性中心のロビーは、グループできたOL、小学生、アベックで結構なにぎわい。上下の新幹線のスレ違い場面では「ワーッ!」と声が上がり、爆弾を仕掛けられたひかり号が、静かに停止、乗客千五百人が無事救出されると「ホーッ」とため息がもれるなど、画面いっぱいに突っ走るひかり号の迫力に酔いしれていた。〉
東映宣伝課の山本八州男も「大泉スタジオ通信」(75年7月25日号)で、初日の丸の内東映について、〈昼過ぎには立見が出る程の盛況〉と記していることからも、上々の観客動員を見せていたことは間違いない。山本は〈土曜日曜の動員メーターだけを見ていると、“大”はつかなくともヒットの部類に入る〉と記している。
企画のスタートから1年、東映新幹線は製造所となる撮影所から送り出され、全国の映画館で走行を開始した。
文・吉田伊知郎
素材提供:東映
【参考文献】
『キネマ旬報』『映画撮影』『映画時報』『週刊映画ニュース』『大泉スタジオ通信』『映画情報』『東邦経済』『財界』『鉄道ジャーナル』『日本国有鉄道 広報第186号』 『東映企画製作発昭50年第33号』『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』『報知新聞』『デイリースポーツ』『スポーツニッポン』『サンケイスポーツ』『日刊スポーツ』 『週刊サンケイ』『週刊ポスト』『サンデー毎日』『週刊文春』『アサヒ芸能』『週刊明星』『週刊平凡』『週刊宝石』
『少年非行の実態 昭和51年』(京都府警察本部防犯部少年課)、『関根忠郎の映画惹句術』(徳間書店)、『終生娯楽派の戯言(上)』(マルヨンプロダクション)、『クロニクル東映』(東映) 『東映の軌跡』(東映)、『映画監督 佐藤純彌 映画 (シネマ) よ憤怒の河を渉れ』(DU BOOKS)、『東映スピード・アクション浪漫アルバム』(徳間書店)、『高倉健 メモリーズ』(キネマ旬報社)、『SFX-CM大図鑑』(講談社X文庫)
第3回に続く
映画『新幹線大爆破』
9時48分、約1500人の乗客を乗せた新幹線ひかり109号博多行は、定刻どおり東京駅19番ホームを発車した。列車が相模原付近に差し掛かった頃、国鉄本社公安本部に、この109号に爆弾を仕掛けたという電話が入った。特殊発火装置を施した爆弾は、スピードが80km以下に減速すると自動的に爆発するという。止まることのできないひかり号は、東京から博多までの1100km超をノン・ストップで疾走する。緻密な計画のもと500万ドルを要求し着々と計画を実行する犯人・沖田と、捜査当局との息もつかせぬ駆け引き、そして運転司令室の頭脳操作……。逃げ場のない極限状態の中、犯行グループ、警察、国鉄職員、乗客、それぞれの人間模様がドラマチックに展開し、全国民が注目する中、列車は驀進する!
監督:佐藤純弥
出演:高倉健、千葉真一、山本圭、織田あきら、竜雷太、田中邦衛、郷鍈治、川地民夫、宇津宮雅代、藤田弓子、藤浩子、松平純子、多岐川裕美、志穂美悦子、志村喬、山内明、渡辺文雄、永井智雄、鈴木瑞穂、丹波哲郎、宇津井健
© 東映
1975年7月公開
Amazon Prime Video / Netflix / U-NEXT / HULU にて配信中
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発売・販売:東映ビデオ
©東映
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