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【W杯回顧録】第20回大会(2014年)|「1-7」の悪夢…開催国ブラジルを襲った悲劇。メッシ躍動、日本は惨敗。その大会の裏にあった“国民の不満”

【W杯回顧録】第20回大会(2014年)|「1-7」の悪夢…開催国ブラジルを襲った悲劇。メッシ躍動、日本は惨敗。その大会の裏にあった“国民の不満”


 北中米ワールドカップが6月11日に開幕を迎える。4年に一度、これまでも世界中のサッカーファンを魅了してきた祭典は、常に時代を映す鏡だった。本稿では順位や記録の先にある物語に光を当て、その大会を彩ったスター、名勝負、そして時代背景などをひも解いていく。今回は2014年の第20回大会だ。

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●第20回大会(2014年)/ブラジル開催
優勝:ドイツ
準優勝:アルゼンチン
【得点王】ハメス・ロドリゲス(コロンビア):6得点

 王国ブラジルでも、全ての国民がサッカーを最優先に考えているわけではなかった。

 南米に36年ぶり、ブラジルには64年ぶりにやって来たワールドカップだった。だが医療、教育、交通機関などの整備が立ち遅れた状況で、大会開催に巨額の資金投入への不満を抱いた国民が、大規模な抗議デモを展開。彼らはこんなスローガンを掲げた。

「スタジアムはFIFA基準があっても、この国の病院にはない」

 開催年を迎える頃には、反対派が半数近くを占めるようになった。

 ただし反面、代表チームへの期待は膨らんでいた。2002年日韓大会でブラジルを5度目の優勝に導いたルイス・フェリペ・スコラーリを再び監督に据え、堅守からネイマールを軸とする攻撃に繋げる戦い方で、前年にはコンフェデレーションズカップで3連覇を達成。特に決勝では前回王者のスペインを3-0で下していた。

 だが実は歴史的にも、コンフェデとワールドカップの相関関係は芳しくなかった。ブラジルは、過去3度、コンフェデ制覇の翌年にワールドカップに臨んだが、1998年大会の準優勝が最高で、他国を見渡しても「コンフェデ→ワールドカップ」の連覇は前例がなかった。

 重圧を担うブラジルは、さすがに開幕戦では硬さが目立った。開始11分には、マルセロのオウンゴールでクロアチアに先制を許してしまう。しかし、29分にはネイマールがドリブルから目の前のDFの股を抜くシュートで息を吹き返す。
 
 物議を醸したのは71分のシーンだった。エリア内でクロアチアのデヤン・ロヴレンがフレッジを倒したとして、西村雄一主審はブラジルにPKを与える。クロアチアのニコ・コバチ監督は「あれがPKなら、サッカーは辞めてバスケットでも始めるよ!」と激高したほどだった。ブラジルは、ネイマールがPKを決めて逆転。アディショナルタイムにもオスカーが追加点を挙げ、結果的には順調に滑り出した。

 続くメキシコ戦は分けるが、3戦目のカメルーン戦では再びネイマールが2ゴールの活躍を見せて4-1で快勝。グループAを首位通過すると、ラウンド(R)16では過去3度、ノックアウトステージで全て3ゴール以上を挙げ完勝しているチリと対戦した。だがこの大会のチリは「お得意様」ではなかった。

 18分、ブラジルがCKから最後はダビド・ルイスが押し込んで先制するが、チリも32分にアレクシス・サンチェスが帳消しにして延長戦に突入。チリはポゼッション、パスの総数ともにブラジルを上回り、終了間際にはマウリシオ・ピニージャのシュートがクロスバーを叩く。ほんの数センチずれていればチリに勝利が転がり込むところだった。結局PK戦に突入した試合は、ブラジルの守護神ジュリオ・セザールが立て続けに2人を止め、最後はチリ5人目のキッカー、ゴンサロ・ハラのキックがポストを叩き、開催国に勝利を譲ることになった。
 
 日本代表は前回大会後に、ウディネーゼでの躍進を基盤にミランでスクデット経験も持つアルベルト・ザッケローニを新監督に招聘。一方で香川真司、本田圭佑、長友佑都、内田篤人、吉田麻也など北京五輪組が次々に欧州で躍進を遂げ、アジアカップを制しアルゼンチンやフランスにも勝利。札幌ではライバルの韓国を3-0で圧倒し、ワールドカップ最終予選でも従来とは次元の異なる大勝も記録した。

 しかし好調さが裏目に出て、本番が近づく頃にはメンバー固定でマンネリ傾向が見え始める。また大会期間中は比較的涼しいイトゥを拠点としたが、試合の度に長時間のフライトと酷暑でのプレーを強いられた。

 大きなカギを握る初戦では、本田の鮮やかなゴールで先制した。だがコートジボワールが象徴的存在のディディエ・ドログバを送り込むと流れが一変。立て続けに2ゴールを許し、逆転負けを喫した。続くギリシャ戦では相手が38分に退場者を出し、逆に引きこもられて展開が難しくなりスコアレスドロー。最終戦は前半終了間際に岡崎慎司の同点ヘッドで望みを繋ぎかけたが、コロンビアが後半からエースのハメス・ロドリゲスをピッチに送り込むと、一気に3ゴールを畳みかけられて惨敗の結末を迎えた。

 日本を圧倒してグループCを首位通過したコロンビアは、エースストライカーのラダメル・ファルカオを故障で欠いたが、22歳のロドリゲスがその穴を補って余りある活躍でチームを牽引した。R16では自らの2ゴールで前回ベスト4のウルグアイを下し、準々決勝ではブラジルと対戦。1-2で惜敗したが、さらにPKを決めて6ゴールで大会得点王に輝いた。
 
 逆に準決勝進出を決めたブラジルは、この試合で大きな痛手を被った。終了間際にネイマールがファン・スニガの膝蹴りを背中に受けて腰椎を骨折。さらにチアゴ・シルバが相手GKのパントキックを邪魔する不要な行為で警告を受け、次戦が出場停止になる。ブラジルは攻守の要を欠いて重要な試合を迎えることになった。

 準決勝でブラジルの前に立ちはだかったのはドイツだった。ドイツは2000年EUROで惨敗したのを契機に、連盟とリーグが協力して将来へ向けての改革を敢行した。技術優先の育成方針を国中に浸透させ、トルコ系などの移民ルーツのタレントも積極的に活用。こうした土壌から創造性のある選手が育ち、ヨアキム・レブ監督が率いる代表チームでも創造性を伴う組織的なスタイルが実現した。

 開幕からトーマス・ミュラーのハットトリックなどでポルトガルを一蹴してグループGを首位通過したドイツだったが、一転してノックアウトステージでは苦戦が続いた。R16では、82年大会初戦で敗れているアルジェリアと対戦。アルジェリアは真っ向勝負を挑み、前半から度々ドイツを脅かした。惜しくも延長戦で力尽きたが、チームを指揮したヴァイド・ハリルホジッチ監督の手腕は高く評価され、次回大会直前までは日本代表を率いることになる。

 120分間の熱闘の末にアルジェリアを2-1で振り切ったドイツは、これで初優勝の1954年大会以来、実に16大会連続でベスト8進出を決める。さらに準々決勝では、宿敵のフランスから13分に挙げたセットプレーからのゴールを死守。堅実に頂点への階段をひとつ上がった。
 
 準決勝はサッカー王国にとって悪夢の一戦となった。開始11分、ドイツは右CKからフリーのミュラーがインサイドで合わせてゴールラッシュの口火を切る。23分には、36歳で4大会連続出場のミロスラフ・クローゼが、大会通算最多記録を塗り替える16ゴール目を決めると、そこからは6分間で3ゴールを連ねる。

 ブラジルのスコラーリ監督は、あまりに想定外の事態で「チームはパニックに陥り、私もどうリアクションして良いか判らなかった」と、後半に入るまで交代カードを切れなかった。ドイツは、後半もさらに2点を追加して7-1で大勝。64年前に最終戦で逆転負けを喫し「マラカナンの悲劇」を記したブラジルが、今度は「ミネイロンの惨劇」を歴史に刻むことになった。

 そして皮肉なことに、ブラジル以上にカップに近づいてきたのがアルゼンチンだった。

 違いを生み出したのはやはりリオネル・メッシで、ボスニア・ヘルツェゴビナとの初戦では、ゴンサロ・イグアインとのワンツーからDFを混乱に陥れ2点目を奪い、それが決勝ゴールとなった。またイランとの2戦目でも、引き分けが濃厚だった90+1分に、右からカットインして角度のないところから鮮やかにファーサイドへと巻き込んで勝点3を拾い上げる。続くナイジェリア戦でも自ら2ゴールで3-2の勝利に導いた。

 ノックアウトステージでは明白に勝ち切った試合はなかったが、スイス、ベルギーを1-0で退け、準決勝は開幕戦で前回王者のスペインに5-1で大勝して弾みをつけたオランダとの対戦となった。

 アルゼンチンのサポーターは上機嫌だった。自国はデフォルト(債務不履行)の危機に瀕しているのに、家財を売り借金をするなどで工面し、車やバスを利用して大量に入国。スタジアムでは、膠着したゲームが一息つく度に、1から7までを数えて前日のブラジルの失点をからかい盛り上がる。それは36年前の自国開催時の決勝カードだったが、120分間ゴールが生まれずPK戦を経て再びアルゼンチンに凱歌が上がった。
 
 アルゼンチンにとっては24年ぶりの決勝進出で、さらに自国からはサポーターが雪崩れ込む。チケットを持っていたのは1割程度だったようで、大半はパブリック・ビューイング等で盛り上がった。もっともアルゼンチンは、チーム状況も24年前に似ていた。1990年大会の同じくドイツとの決勝では出場停止等で主力4人を欠いたが、この大会でもメッシが相棒役として信頼を置いていたアンヘル・ディ・マリアとセルヒオ・アグエロが故障。アグエロはなんとか決勝戦までに回復したが、後半からの途中出場に止まった。

 決勝戦は24年前ほどではないが、ドイツが主導権を握り推移した。メッシは序盤、立て続けに右サイドを抉り、後半開始早々にも左サイドから際どいシュートを放つなど何度か見せ場を作ったが、ボールを持たない局面ではピッチ上を闊歩することが多く、走行距離は120分間で1万721メートル。90分間換算なら7000メートル弱だった。アルゼンチンの最大のチャンスは40分、ドイツのトニ・クロースの頭でのバックパスがイグアインに渡ってしまい、イグアインはフリーで狙ったが枠を逸れた。

 ポゼッションが60パーセントを記録したドイツも、前半終了間際にベネディクト・ヘーヴェデスのヘッドがポストを叩くが、アルゼンチンのボランチ、ハビエル・マスチェラーノの出色の読みなどもありゴールが遠い。レブ監督は、延長戦突入直前の88分、クローゼに代えて22歳売り出し中のマリオ・ゲッツェを送り込み、結局この采配が勝利を手繰り寄せた。

 113分、左から同じく交代出場のアンドレ・シュールレがニアにクロスを送ると、走り込んだゲッツェが胸でトラップしてそのまま左足でボレー。サイドネットが揺れて決着がついた。86年、90年に続く3度目の同一カードの決勝はドイツの連勝となり、南米大陸開催5度目の大会で初めて欧州からチャンピオンが誕生した。

 だが大会を締め括ったのは、開催のために巨額の公費を注ぎ込んだブラジルのジルマ・ルセフ大統領への容赦ないブーイングだった。

文●加部究(スポーツライター)

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配信元: SOCCER DIGEST Web

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