
「本を読みたい気持ちはあるけれど、時間がない」という人は少なくありません。
そこで活用されているのが「オーディオブック」です。
通勤中に耳で小説を聴く人もいれば、ランニング中に歴史本を聴く人もいます。
料理をしながら自己啓発本を聴くなど、“耳の読書”は今や珍しいものではなくなりました。
しかしここでしばしば議論になるのが、「オーディオブックは本当に“読書”と言えるのか?」という問題です。
この疑問について、米国のコーネル大学(Cornell University)にあるThe Bronfenbrenner Center for Translational Researchが、複数の脳科学・教育心理学研究をもとに興味深い整理を行っています。
目次
- 脳は「見る」と「聴く」をほぼ同じように理解していた
- 「推論」が必要な場合、読書が有利だった
脳は「見る」と「聴く」をほぼ同じように理解していた
NPR/Ipsos調査によると、2000人のうち、過去1か月に本を読んだ人は約半数にとどまり、多くの人が「読書は優先順位が低い」と回答しました。
そうした背景もあり、アメリカではオーディオブックを利用するケースが増えています。
しかし興味深いことに、読者かどうかにかかわらず、米国人の40%は「オーディオブックを聴くことは読書ではない」と考えていたそうです。
では実際の脳は、「見る」と「聴く」をどう区別しているのでしょうか。
「読書は良い」とされますが、同じように「オーディオブックも良いもの」なのでしょうか。
まず注目できるのが、2019年の研究です。
研究チームは、参加者に同じ物語を「文字で読む場合」と「音声で聴く場合」の両方で体験してもらい、脳活動を画像化するfMRIで測定しました。
すると、脳内で「意味」を処理している領域の活動パターンが、読む場合と聴く場合で非常によく似ていることがわかったのです。
しかも単に「同じ場所が反応した」という程度ではありませんでした。
脳は言葉の意味の違いに応じて異なる反応を示しますが、研究では、そうした意味処理のパターンが読む場合と聴く場合でかなり一致していました。
つまり脳にとって重要なのは、「目から入ったか」「耳から入ったか」ではなく、「その言葉が何を意味しているか」だったのです。
この研究を発展させているのが、2024年の別の研究です。
こちらの研究では、脳が「どの長さの情報」を処理しているのかに注目しました。
人間は文章を理解するとき、単語だけでなく、文、段落、物語全体といった階層構造で情報を統合しています。
研究チームは、同じ物語を読んだ場合と聴いた場合の脳活動を比較し、単語のような短い単位から物語の流れのような長い単位まで、言語情報がどのような時間スケールで統合されているかを調べました。
その結果、短い単位の情報から長い文脈までを統合する脳の仕組みは、読む場合と聴く場合でかなり似ていることがわかったのです。
「目で読む脳」と「耳で聴く脳」が完全に別々に存在するわけではないことを示唆しています。
むしろ人間の脳には、入力経路の違いを超えて働く“共通の言語理解システム”が存在しているのかもしれません。
ここまでを見ると、「ならオーディオブックと読書は完全に同じなのでは?」と思えてきます。
しかし、そう単純ではありません。
「推論」が必要な場合、読書が有利だった
オーディオブックと読書の違いを明らかにするうえで重要な手がかりになったのが、2021年に発表されたメタ分析です。
この研究では、46本の研究と4687人分のデータを統合し、「読む」と「聴く」の理解度を比較しました。
まず分かったのは、全体平均では両者に大きな差が見られなかったことです。
つまり、「オーディオブックでは内容がほとんど頭に入らない」というわけではありませんでした。
しかし詳しく分析すると、差が現れる条件が見えてきました。
特に重要だったのが、「自分のペースで進められるかどうか」です。
読書では、難しい箇所に出会ったとき、「今のどういう意味だ?」「もう1回読もう」と自然に立ち止まれます。
一方、音声は時間とともに流れていきます。
もちろん巻き戻しはできますが、通勤や家事などと同時に聴いている場合は、読書のようにその場で立ち止まって確認することが難しくなります。
さらに研究では、「文字通りの理解」では差が小さい一方で、「推論」を必要とする理解では読書が有利であることも分かりました。
たとえば小説なら、行間を読んだり、伏線を理解したり、複数の情報を結びつけたり、登場人物の感情を推測したりするような理解です。
これらの結果を考えると、目を使った読書には音声にはない“認知的な足場”があると考えられます。
本を読んでいると、「右ページの下のほうにあった単語だ」「あの段落をもう1回見返そう」といった、視覚や空間の記憶を利用できます。
さらに未知の単語に出会った場合でも、文字の形や綴り、前後の文脈を手がかりにして意味を推測できます。
しかし音声では、単語は一瞬で通り過ぎてしまいます。
読書とは単なる情報入力ではなく、「立ち止まり、見返し、推測し、再構築する」認知活動でもあるのです。
加えて、オーディオブックは“ながら聴き”と結びつきやすい点も重要です。
運転、運動、掃除、料理などを同時に行えば、当然ながら注意力は分散します。
つまり問題は、「オーディオブックが悪い」というより、「耳で聴く情報が現代では分散注意の中で消費されやすい」点にあるのかもしれません。
では、オーディオブックと読書はどのように使い分けることができるでしょうか。
オーディオブックは「気軽に楽しむ読書」や「本来なら読まなかった本に触れる手段」として有効かもしれません。
バスや電車の中といった通勤中や通学中も活用できます。(吸収率が低下する可能性はあります)
一方で、細部まで覚えたい本や、複雑で何度も読み返したくなる本については、紙や電子書籍で読むほうが向いています。
参考文献
Is Listening to an Audiobook as Good as Reading?
https://www.psychologytoday.com/us/blog/evidence-based-living/202605/is-listening-to-an-audiobook-as-good-as-reading
元論文
The Representation of Semantic Information Across Human Cerebral Cortex During Listening Versus Reading Is Invariant to Stimulus Modality
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.0675-19.2019
The cortical representation of language timescales is shared between reading and listening
https://doi.org/10.1038/s42003-024-05909-z
Listening ears or reading eyes: A meta-analysis of reading and listening comprehension comparisons.
https://psycnet.apa.org/doi/10.3102/00346543211060871
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

