先日、『ESPN』の番組『Inside the NBA』で、ドレイモンド・グリーン(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)の発言が波紋を呼んだ。
14年目のシーズンを終えた36歳のフォワードは、どういうわけかチャールズ・バークレー(元フェニックス・サンズほか)のキャリア晩年を揶揄して、「俺はヒューストン・ロケッツのユニフォームを着たバークレーのようにならないことが目標だ」と発言した。
フィラデルフィア・セブンティシクサーズとサンズで主役を務めたバークレーは、33歳で迎えた1996年のオフに‟優勝するチャンス“を求めてロケッツへ移籍。新天地ではアキーム・オラジュワン、クライド・ドレクスラーと“ビッグ3”を形成し、1998-99シーズンにはスコッティ・ピッペンとも共演したが、王座には届かなかった。
ロケッツ移籍後、プロ2年目から11シーズン続いていた平均20点超えはストップ。全盛時と比較すると体形面でも年齢を感じさせたとはいえ、4年間の在籍で平均16.5点、12.2リバウンド、3.9アシストをマークした。
現地時間5月9日に更新したポッドキャスト番組『The Draymond Green Show』で、グリーンは「俺の発言を間違って解釈しないでくれ。言葉が欲しいなら、俺はいつも自分の口から直接伝えている。『俺はチャールズ・バークレーより優れている』なんて一度も言ってない。やめてくれ。また侮辱だと決めつけようとしている。バークレーに対して侮辱する意図なんてまったくない。俺はそういう人間じゃない」と釈明。
とはいえ、バークレーは1980年代後半から1990年代においてリーグ屈指のパワーフォワードとして君臨した名選手だけに、リスペクトを欠いたとも取れるグリーンの発言が炎上したのも仕方ないだろう。
そのバークレーは、8日に公開されたポッドキャスト番組『Dan Patrick Show』へリモート出演。番組内で、4度の優勝を誇るグリーンと、自身と同じく無冠に終わったレジー・ミラー(元インディアナ・ペイサーズ)のどちらのキャリアを選ぶか問われると、間髪入れずにこう切り返していた。
「失礼な言い方になってしまうかもしれないが、ドレイモンドのキャリアをレジー・ミラーのキャリアより優先するなんてあり得ない。絶対にな。レジー・ミラーはNBAの歴史において、より多くの歴史的な瞬間を残してきた。レジーのキャリアを振り返ってみればわかるさ」「それに、俺は自分のキャリアをドレイモンドのキャリアと交換したいとも思わない。カール・マローンもパトリック・ユーイングもそう思うはずだ。彼は素晴らしいキャリアを築いてきたが、彼を選手として俺たちと同じレベルだと考えるのは、いくらなんでもクレイジーだからな」
バークレーにミラー、マローン、ユーイングは1990年代に全盛期を過ごし、何度もプレーオフの舞台に立ってきた。しかし、マイケル・ジョーダンとピッペン率いるブルズ、オラジュワン擁するロケッツ、シャキール・オニールとコビー・ブライアントが君臨したロサンゼルス・レイカーズの前に敗れて、頂点に立つことはできなかった。
一方のグリーンはウォリアーズで計4度の優勝を達成。オールスターに4回、オールNBAチームに2回、オールディフェンシブチームに9回選ばれ、2016-17シーズンには最優秀守備選手賞にも輝いている。
歴代有数のディフェンダーであり、プレーメーキングもこなす稀代のオールラウンダーであることは間違いないが、ウォリアーズの看板選手は常にステフィン・カリーであり、グリーンが彼らレジェンドのようにチームの顔だったことはない。
4度の王座獲得を果たしたグリーンと、リーグ制覇に届かないままキャリアを終えたバークレー。両者は実績だけでなく、チーム内で担った役割や選手としてのタイプも異なるだけに、同じ土俵で比較するのはフェアではないということなのだろう。
文●秋山裕之(フリーライター)
“永遠の悪ガキ”チャールズ・バークレー。84年五輪メンバー落選を巡る裏話【NBAレジェンド列伝・前編】
シクサーズを追われたバークレーに訪れた“復活の時”。唯一無二の個性派は引退後も健在【NBAレジェンド列伝・後編】

