強い者が勝つのではなく、“勝った者が強い”

今回の研究が明らかにしたのは、「勝ち負けの経験」がマウスの社会的序列を動かす、脳の中のスイッチの存在です。
しかも、そのスイッチ役を果たしていたのは、線条体(せんじょうたい)という脳の奥深くにある「コリン作動性介在ニューロン」というわずか1%ほどの細胞たちでした。
このニューロンが正常に働いていると、マウスは負けた経験をきちんと受け入れ、「今回は譲ろう」と判断を変えられる可能性があります。
しかし、この細胞の働きを止めると、マウスは負けても引き下がりにくくなり、順位変動が起きにくくなります。
この発見は、動物の社会的順位を柔軟に変動させる脳の仕組みへの最初の具体的な手がかりと考えられます。
要するに、「負けたら大人しくなる」というこれまで感情の話と思われてきた行動の裏側に、神経回路の仕組みが見えてきたのです。
たとえば、職場でリーダー的な人が、別の場では控えることがあるように、人は環境で立場を変えます。
こうした柔軟さは、社会性という人間らしさの根っこかもしれません。
研究チームは、このマウスの仕組みがヒトの社会的行動の変化理解にもヒントを与える可能性があると述べています。
研究チームは今後、光遺伝学などでリアルタイム観察する計画を立てています。
それでも、この研究は価値があります。
マウスたちの小さな押し合いの中に、社会性という深いテーマのヒントが隠れていたのです。
あえて言えば、強い者が勝つのではなく、“勝った者が強い”という見方もできるかもしれません。
元論文
Cholinergic interneurons of the dorsomedial striatum mediate winner-loser effects on social hierarchy dynamics in male mice
https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113581
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

