
紅茶やコーヒーをいれる際に活躍するのが電気ケトルです。
忙しい朝でもすぐにお湯を沸かせる便利な家電ですが、もしその“最初の一杯”の中に、数十億個規模のナノサイズプラスチックが含まれる可能性があるとしたら、少し見方が変わるかもしれません。
オーストラリア・クイーンズランド大学(University of Queensland)の研究チームは、内側にポリプロピレン(PP)樹脂を含むプラスチック製ケトルを調べ、加熱時にナノプラスチックやマイクロプラスチックが水中へ放出されることを報告しました。
研究成果は2025年11月30日付、『NPJ Emerging Contaminants』に掲載されました。
目次
- 内側がプレスチック製のケトルを使うと、ナノプラスチックが入り込む可能性
- 新品のプラスチック製ケトルの内部で起きていること
内側がプレスチック製のケトルを使うと、ナノプラスチックが入り込む可能性
近年、マイクロプラスチック汚染は海だけの問題ではなくなっています。
ペットボトルや食品包装、まな板など、私たちが日常的に使う製品からも微細なプラスチック片が放出されることが分かってきました。
特に最近は、さらに小さい「ナノプラスチック」が注目されています。
一般的にマイクロプラスチックは1マイクロメートル以上の粒子を指します。
一方、ナノプラスチックはそれよりさらに小さく、髪の毛の太さと比べればはるかに小さな粒子です。
研究者たちが懸念しているのは、この小ささです。
比較的大きな粒子は体外へ排出されやすい可能性がありますが、ナノサイズになると、生体膜や細胞との相互作用が起きやすくなる可能性が指摘されています。
今回、研究チームが注目したのは家庭用のプラスチック製ケトルです。
これがどの程度ナノプラスチックやマイクロプラスチックを放出しているのかを調査しました。
ここで重要なのは、今回の研究対象が「外側だけプラスチックのケトル」ではない点です。
対象になったのは、ポリプロピレン製の内壁を持つケトルでした。つまり、お湯が直接触れる内側部分に樹脂が使われているタイプです。
研究では、オーストラリアで販売されていた新品のポリプロピレン製ケトル8台を購入。
そして実際の家庭に近い条件で、1.1リットルの水を入れて何度も沸騰させました。
その後、沸かした水を回収し、電子顕微鏡や粒子解析装置など、複数の分析技術を組み合わせて粒子を調べています。
さらに研究チームは、1回目、5回目、10回目、50回目、150回目など、複数の使用段階で水を回収し、放出量の変化を追跡しました。
その結果、新品のケトルでは、最初の沸騰時にナノプラスチックとマイクロプラスチックの放出量が多いことが分かりました。
あるケトルでは1mlあたり、約1200万個のナノプラスチック粒子が含まれていました。
一般的なティーカップ1杯に換算すると「数十億個規模の粒子になる」可能性があります。
そして興味深いことに、放出量は使用回数が増えるにつれて急激に減少しました。
では、なぜ新品時に特に多く放出されたのでしょうか。より詳細な結果は次項で見ていきます。
新品のプラスチック製ケトルの内部で起きていること
研究チームは、ケトル内部を電子顕微鏡で詳しく観察しました。
すると新品の内壁表面には、細かな凹凸や粒子状の付着物が多数存在していました。
研究チームは、これらが製造工程で生じた、表面にゆるく付着した粒子である可能性を考えています。
つまり、新品ケトルでは、内壁に残っていた微細なプラスチック片が、最初の沸騰で水中へ移りやすい状態になっていたと考えられるのです。
実際、ナノプラスチックとマイクロプラスチックの放出量は最初の10回程度で大きく低下し、50回以降ではかなり少なくなりました。
イメージとしては、新品の製品表面に残っていた細かな粉や削りくずが、最初の使用で多く洗い流され、使ううちに少しずつ落ち着いていくような現象です。
しかし完全にゼロにはなりませんでした。
研究では150回沸騰後でも、低レベルながら粒子放出が続いていました。
それでも論文では、ナノプラスチックの放出量は150回の沸騰後に、初回と比べて約96%減少したと報告されています。
さらに興味深かったのが、「硬水では放出量が減少した」という結果です。
硬水にはカルシウムやマグネシウムなどのミネラルが多く含まれています。
これらは加熱時に白い水垢、つまり石灰スケールを形成します。
研究チームは、このスケール層がケトル内部を覆い、プラスチック粒子の放出を抑えている可能性を指摘しています。
普段は嫌われがちな水垢が、ナノプラスチックの放出を減らす保護膜のように働いているかもしれないのです。
では、私たちは今すぐプラスチック製ケトルを捨てるべきなのでしょうか。
今回の研究は、そこまでは結論づけていません。
重要なのは、この研究が、ケトル由来の粒子を飲んだときに人体へどのような影響が出るかを直接調べた毒性試験ではないという点です。
ナノプラスチックの健康影響はまだ研究が進められている段階であり、今回の成果は主に「どこから、どれくらい出るのか」を示したものです。
その一方で、研究チームは比較的現実的な対策も示しています。
最も簡単なのは、新品のケトルを購入した際、数回ほど沸騰させてお湯を捨ててから使うことです。
研究者たちは、初回使用前の単なる「すすぎ」だけでは、沸騰させて捨てる工程ほどの除去効果は得られにくいと説明しています。
また、内側がプラスチック製ではなくステンレス製のケトルを選択することで、ナノプラスチックの人体への取り込みを防げるかもしれません。
参考文献
Your Cup of Tea Could Contain Billions of Microplastics From One Source
https://www.sciencealert.com/your-cup-of-tea-could-contain-billions-of-microplastics-from-one-source
元論文
Release of nanoplastic from polypropylene kettles
https://doi.org/10.1038/s44454-025-00018-w
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

