
■ミイラ映画、その起源
ミイラ映画の起源は、およそ20世紀初頭にまでさかのぼる。無声映画時代には『The Mummy(原題)』や1917年の『Cleopatra(原題)』といった、古代エジプトを題材にした作品がすでに制作されていた。しかし、これらはロマンスや歴史スペクタクルの色合いが濃く、後年に定着する“怪物”としてのミイラ像とは、やや異なるものだった。
そうしたエジプト幻想を決定的に大衆化させたのが、1922年に考古学者ハワード・カーターによって成し遂げられた、ツタンカーメン王の墓の発見である。この出来事は世界的なセンセーションを巻き起こし、“ミイラ=呪い”という神秘的イメージを広く浸透させた。それと同時に、映画におけるホラーの題材としての可能性を一気に押し広げたのだ。こうした諸要素が、のちの本格的なミイラ映画へと結実していくことになる。
■ユニバーサル時代におけるモンスターの誕生
ミイラが本格的に“モンスター映画”として創造されたのは、1932年のユニバーサル映画『ミイラ再生』である。これは『フランケンシュタイン』(31)や『魔人ドラキュラ』(31)の成功を受け、新たな怪物映画として企画された作品だ。ボリス・カーロフ演じるイムホテップは、王女への禁断の愛ゆえに生きたままミイラにされるという、悲劇的な背景を持つ。彼は数世紀を隔てて蘇り、愛する者を取り戻そうとする存在として描かれた。

この愛と呪いの融合は、単なる怪物とは異なるミイラ像を生みだした。ジャック・ピアースによる特殊メイクも特記すべき要素であり、コットンや粘土、ゴム糊を用いてカーロフの体を包帯で覆う作業は過酷を極め、本人が「役者人生で最もつらい仕事だった」と語るほど。

このビジュアルこそが後世のミイラ像の決定的なスタイルとなるのだが、『ミイラ再生』に続く2作目の『ミイラの復活』(40)以降は方向性が変化し、ミイラは「カーリス」という名の脱個性的な存在となり、ただ足を引きずって歩く怪物へと短略化されていった。演じる俳優もトム・タイラーやロン・チェイニー・Jr.(『ミイラの墓場』)へと引き継がれ、キャラクターは希釈されて汎用型になっていく。

■世界的な広がりとハマーによる再解釈
1950年代後半になると、ミイラ映画は新たな広がりを見せる。イギリスではハマー・フィルムがユニバーサル作品の権利をもとに『ミイラの幽霊』(59)を制作し、クリストファー・リーがミイラを怪演した。カラー映像と暴力表現を強化したこの作品は、より直接的で迫力ある恐怖を打ちだしている。

また同じ頃、メキシコではアステカ文明を題材とした独自のミイラ映画『La momia Azteca(原題)』(57)を起点とするシリーズが制作されるなど、ミイラはエジプトという枠を離れ、多様な文化へと波及していく。この国際的な広がりは、ミイラという存在の柔軟性を示す好例といえるだろう。
■実験と停滞、スペクタクルへの転換
しかし、1960年代から80年代にかけて、ミイラ映画は主流から外れ、低予算作品やテレビ映画のなかで細々と続いていく。ちょうどこの時期、日本では連続テレビ映画「恐怖のミイラ」が1961年に放送され、空想特撮シリーズ「ウルトラマン」の第12話「ミイラの叫び」(1966年)では、ミイラ人間とミイラ怪獣ドドンゴが登場。両作とも不気味な造形と演出で視聴者に恐怖を与え(後者は楳図かずおによるコミカライズも恐ろしかった)、包帯に覆われた怪異のビジュアルは、日本の子ども文化に強い印象を残した。
ひるがえってイタリアでは、『ミイラ転生 死霊の墓』(81)のようにゾンビ的な要素を取り入れる試みも見られた。また、アメリカでフレッド・デッカーが監督した『ドラキュリアン』(87)は、モンスター好きの少年たちがチームを組み、現実に現れたドラキュラやフランケンシュタインの怪物、狼男、そしてミイラといったモンスターたちに立ち向かうという新機軸を打ちだした。しかし、いずれも大きな波を生みだすには至らなかった。この時期の潮流は「実験期」といえば聞こえはいいが、要は停滞と空白の時期であり、ミイラはやや時代遅れの存在と見なされるようになる。

だが、こうした流れを一変させたのが、1998年の『ハムナプトラ 失われた砂漠の都』である。スティーヴン・ソマーズ監督、ブレンダン・フレイザー主演による本作は、ミイラ映画を壮大なアクション・アドベンチャーへと押し上げた。特殊メイクからCGへと進化したビジュアル表現はミイラの姿をより自由なものにし、砂嵐となって襲いかかるミイラなど、視覚的な迫力は従来のホラー像を大きく刷新した。作品は世界的ヒットを記録してシリーズ化され、『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』(08)では舞台を中国に移し、ジェット・リーが中国皇帝のミイラを演じるなどさらなる発展がみられた。

■異色作とジャンルの拡張、そして大失敗
2000年代にはジャンルの枠を超えた異色作も登場する。その代表例が『プレスリーVSミイラ男』(02)だ。エルヴィス・プレスリーが実は生きていたという、いわば“東京スポーツ”的な設定のもと、プレスリーがミイラと対決するコメディをマッシュアップさせたユニークな一本である。こうした怪作は、マンネリ化しつつあったミイラ映画に新風を吹き込み、インディ作品ながらジャンルの可能性を拡張した。

そしてついに、モンスターホラーの老舗であるユニバーサル映画が、マーベル・シネマティック・ユニバースやDCエクステンデッド・ユニバースの成功に触発され、2017年に新たなミイラ像を打ちだすトム・クルーズ主演の『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』を製作。これを起点に「ダーク・ユニバース」という壮大なフランチャイズ構想が打ちだされたが、結果は振るわず、シリーズはこれ一本で頓挫してしまう。この大失敗は、ミイラ映画が抱える本質的な課題――ホラーとアクション、そして神話性のバランスの難しさを改めて浮き彫りにした。
■恐怖への帰還となった『THE MUMMY / ザ・マミー 棺の中の少女』
そして近年、ミイラは再び、ホラーとしての初心に立ち帰る。5月15日に公開された『THE MUMMY / ザ・マミー 棺の中の少女』は、そんな原点回帰の嚆矢を放つミイラ映画だ。本作はエジプトで失踪した少女が8年後、棺の中から“変わり果てた姿”で発見されるという導入から始まる。再会を果たした家族の周囲で異様な出来事が連鎖し、やがて少女に宿った、呪いの正体が明らかになっていく。

ジェームズ・ワン製作×ブラムハウスという布陣らしく、物語は家族愛へと収束する構造を持ちながらも、ジャンプスケアに依存せず、その過程は徹底して不快で容赦がない。なによりも『死霊のはらわた ライジング』(23)のリー・クローニン監督らしく、本作は明確に“憑依×ゴア”路線へ振り切られており、直近の『罪人たち』(25)や『WEAPONS/ウェポンズ』(25)、『ゼイ・ウィル・キル・ユー』(公開中)のようなハイコンセプト志向とは一線を画した、ストロングな残酷ホラーに仕上がっている。

スペクタクル寄りに傾きがちだったミイラ映画を、家庭内へ侵食する純粋な恐怖へと引き戻した点も好感触だ。上映時間はジャンルの適性を欠く長さだが、終始続く嫌な描写の密度がそれを感じさせない。むしろこれは、観客の神経を削り続ける持久戦として機能している。

古代から復活した存在であるミイラは、映画のなかでもまた何度でも蘇る。そのたびに新しい姿をまといながら――。しかしその根底にある“死と再生”の物語は、これからも変わることはないだろう。
文/尾崎一男
