【スージー鈴木の週刊歌謡実話第33回】
立花理佐『キミはどんとくらい』
作詞:真名杏樹
作曲:山川恵津子
編曲:山川恵津子
1987年10月14日発売
CBSソニーでもビクターでもない――“非王道アイドル”の存在感
「アイドルに強いレコード会社」がありました。
1970~80年代だったら、まずはCBSソニー。山口百恵、郷ひろみ、キャンディーズ、松田聖子……と、その陣容は業界最強。続くのはビクター。桜田淳子、ピンク・レディー、石野真子、小泉今日子……と、こちらも強豪。
対して、レコード会社としては決して小さくないのに、アイドルのイメージが弱かったのが東芝EMI。やはりユーミン、オフコース、チューリップ、アリス……と「ニューミュージック」のレーベルで、その分アイドルが不発。
というわけで今回は、そんな珍しい「東芝EMIアイドル」、略して「EMアイドル」(今作った造語)から。
立花理佐という名前を憶えている人は少なくないでしょう。何といっても’87年のレコード大賞で、酒井法子と坂本冬美、BaBeを抑え、最優秀新人賞に輝いたのですから。
そのときの曲が、この『キミはどんとくらい』。妙な覆面をした2人と踊りながら歌っている姿を憶えている人は少なくない……こともないか。
でもこの曲、私は好きなのです。
まずタイトルがいい。「どんとくらい」は英語の「ドント・クライ」(泣かないで)と「どんと来い」「どんまい」あたりをかけた、なかなかによく出来たコピーです。
編曲家として名高い山川恵津子が、ここでは作曲も担当。いかにも’80年代後半的なキラキラしたデジタルサウンドで聴き手を惹き付けます。
それでもEMアイドルの呪いでしょうか、さらには、音楽シーンがいよいよアイドル冬の時代に向かっていったせいか、彼女のシングルの売り上げはその後、低迷していきます。
【スージー鈴木の週刊歌謡実話】アーカイブ
波乱の半生を越えて――立花理佐自身が体現した“どんとくらい”
さて、最近、彼女のことを思い出したきっかけが、私も連載している日刊ゲンダイ紙の彼女へのインタビュー記事シリーズでした。
●とんねるず石橋貴明の“一言”がトドメに 睡眠不足と過労で声が裏返って大号泣
●「オレを隊長と呼べ」火野正平に時給700円で雇われた“付き人”の仕事
●島田紳助が率いる“男女混合”沖縄グループ旅行
と、タイトルからして、何とも物騒。でもなかなかに読ませたのです。さらに読ませたのが、
●コロナ禍に判明した直腸がん 尻の鈍痛と術後の苦しみ
しかし、彼女はがんを克服したのです。インタビューの中でこう語っています。
――「最初、ブログで病気を告白する時、本当に勇気が要りました。なかなか公開ボタンを押せなかった。でも、今は自分が体験談を話すことで、少しでも同じ病気の人に楽になってもらえたら……と思っています」
最近フォローしたインスタを見てみると、今は元気に活動しているようです。
そう、実は立花理佐自身が「どんとくらい」だったのでした。
「週刊実話」5月21日号より
スージー鈴木/音楽評論家
1966(昭和41)年、大阪府東大阪市出身。『9の音粋』(BAYFM)月曜パーソナリティーを務めるほか、『桑田佳祐論』(新潮新書)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980―1985』(講談社)など著書多数。
