会計検査院の調査で、マイナンバーカードを取得後に「本人希望・その他」を理由に返納したケースが、2025年7月末時点で約93万枚に上ることが明らかになった。政府は健康保険証との一体化や行政手続きのデジタル化を進め、「国民インフラ」として定着させたい考えだが、現実には「作っただけ」「使わないから返納」という人が少なくない。
そんな日本のマイナンバーカードと似た制度を持ちながら、成人国民への普及率が極めて高い国がある。日本人にとって身近な海外旅行先のひとつである、東南アジアのタイだ。
この国のIDカードは銀行口座の開設、病院受診、携帯電話の契約、行政手続きなど、日常生活のあらゆる場面で提示が求められる。18歳以上は保有が事実上の必須条件となり、「持つかどうかを選ぶカード」ではなく、「社会参加のための基本装備」とされる。
これに比べ、日本では長年、運転免許証や健康保険証、住民票など複数の証明書で社会が回ってきた。つまりマイナンバーカードは「後発組」だ。なくても生活できる以上、「便利そうだから作ったが、結局は使わない」という人が出やすい。
そして「国家による一元管理」への警戒感は大きい。マイナンバー制度導入時から「個人情報が紐付けされる」「監視社会につながる」との反発は根強かった。
タイでは統一IDによる行政管理への抵抗感は比較的小さく、「便利ならOK」という実務感覚が強い。
日本では「生活必需品」ではなく単なる「便利ツール」
日本では普及促進策として「マイナポイント」が大々的に展開された。だが、ポイント目当てで取得したものの、その後ほとんど使わない人は多い。タイのIDカードが「生活必需品」であるのに対し、日本のマイナカードはまだ「便利ツール」の域を出ていないのだ。
タイでは「カードを持てば、あらゆる手続きが簡単になる」という実感が国民に浸透している。窓口をたらい回しにされず、病院も銀行も同じIDで通る。つまり便利さを先に体感させたことで、制度への定着に成功したのだ。
日本は逆に「まずカードを作ってください」という発想が先行し、国民側にメリットが十分に伝わらなかった。
日本政府は保険証や運転免許証との統合を進めており、目指す方向はタイ型に近い。なのに日本では「便利さ」よりも「不安」が語られやすい。
93万枚も返納された事実は単なる制度利用の問題ではなく、日本人の国家観や個人情報意識を映し出す鏡なのだ。
(カワノアユミ)

