
卵の殻を割って、生まれてくるヒナ。
そんな当たり前の光景が、将来は「本物の卵殻」を使わずに再現されるかもしれません。
アメリカのバイオテクノロジー企業「コロッサル・バイオサイエンシズ(Colossal Biosciences)」は、3Dプリント製の格子状構造と透明なシリコーン膜を組み合わせた「人工卵」を開発。
さらにその人工卵を使って、ニワトリのヒナをふ化させることに成功したと発表しました。
同社は、ケナガマンモスやダイアウルフなど、絶滅した動物の特徴を現代の生物に再現する「絶滅種復活」を掲げる企業です。
今回の人工卵は、将来的にニュージーランドで絶滅した巨大鳥類「モア」の復活計画に使うことを見据えた技術だとされています。
目次
- 人工卵からヒナが誕生、鍵は「酸素を通す膜」
- 狙いは「巨大鳥モア」の復活、だが「代理の鳥」がいない
人工卵からヒナが誕生、鍵は「酸素を通す膜」
同社が発表した人工卵は、3Dプリントで作られた格子状の殻と、シリコーンを基盤とする透明な膜で構成されています。
同社によると、この膜は自然の卵殻のように酸素を通す能力を持ち、通常の大気中の酸素濃度、つまり約21%の酸素環境で鳥類の胚を発生させられるといいます。
これは鳥類の発生研究において大きな意味を持つ可能性があります。
ヒナの胚は、卵の中で成長する間も酸素を必要とします。
自然の卵では、硬い殻にあいた微細な穴を通じて酸素が入り、二酸化炭素が外へ出ていきます。
卵殻は単なる入れ物ではなく、呼吸を支える精巧なフィルターのような役割を果たしているのです。
過去にも、人工的な容器の中で鳥の胚を育て、ヒナをふ化させる研究は行われてきました。
たとえばガラス容器や透明なプラスチックカップ、プラスチックフィルムなどを使って、ウズラやニワトリの胚を育てる試みが報告されています。
しかし従来の方法では、ふ化が近づくにつれて高濃度の酸素を補う必要がありました。
高濃度の酸素は胚の発生や健康に悪影響を及ぼす可能性があり、標準的な商業用インキュベーターで扱いにくく、大規模化にも向かないという課題がありました。
同社は今回、自然の卵殻に近い酸素交換を実現する膜を開発することで、補助的な酸素供給なしにヒナをふ化させたと説明しています。
【人工卵や孵化したヒナの実際の画像がこちら】
同社によれば、これまでに二十数羽のヒナが、この人工卵システムから誕生しています。
また人工卵の大部分は透明なため、胚が発生していく様子をリアルタイムで観察できる点も特徴です。
これは、ゲノム編集によって狙った形質が現れているかを確認したい研究にとって、大きな利点になる可能性があります。
自然の卵では、殻の外から中の発生過程を詳しく見ることは簡単ではありません。
しかし透明な人工卵であれば、いわば「窓つきの卵」のように、生命が形づくられていく過程を外から連続的に追えるのです。
狙いは「巨大鳥モア」の復活、だが「代理の鳥」がいない
同社がこの技術を重視する理由の一つが、サウスアイランドジャイアントモア(学名:Dinornis robustus)の復活計画です。
モアはかつてニュージーランドに生息していた飛べない巨大鳥類で、サウスアイランドジャイアントモアは高さ3メートルほどに達したとされます。
同社によると、モアの卵はニワトリの卵のおよそ80倍、エミューの卵のおよそ8倍の体積があったと推定されています。
ここで問題になるのが、「誰に産ませるのか」という点です。
哺乳類であれば、近縁種を代理母として使うという発想が出てきます。
しかし巨大な鳥類の場合、卵そのもののサイズが大きな壁になります。
現生の鳥の中に、モアほど大きな卵を産み、胚を育てられる代理種は存在しません。
つまり、仮に古代DNAを解析し、現代の鳥の細胞を編集してモアに近い特徴を持たせられたとしても、その胚を最後まで育てる「場」がなければ、復活計画は先に進めません。
同社は、この問題を解決するために、サイズを自由に拡張できる人工卵が必要だと考えています。
同社の説明では、人工卵は特定の種に限定されず、卵の大きさに合わせて設計できるプラットフォーム技術です。
将来的には、ニワトリよりはるかに大きな卵を必要とする種にも対応できるよう、より大きなバージョンの開発も進めているといいます。
人工卵に関する概説映像がこちら。音量に注意してご視聴ください。
科学者は評価しつつも慎重
一方で、外部の科学者たちはこの成果に慎重な見方も示しています。
理由の一つは、今回の技術がまだ査読付き論文として公開されておらず、詳細なデータを第三者が検証できないことです。
ノースカロライナ州立大学の幹細胞生物学者ポール・モズディアック氏は「この技術が非常に重要なものかもしれない」としながらも、「データがなければ本当の影響を判断することは難しい」と述べています。
さらに、生命倫理の面でも課題があります。
ニューヨーク大学グロスマン医学部の生命倫理学者アーサー・カプラン氏は、仮にモアに似た大型鳥を作れたとしても、その動物がどのような環境で生きるのかが大きな問題だと指摘しています。
絶滅した種が暮らしていた過去の環境は、現在では大きく変わっています。
捕食者、植生、人間活動、病原体、生態系のバランスは、当時と同じではありません。
復活させる技術ができたとしても、その生き物をどこで、どのように生かすのかという問いは残ります。
その一方で、この技術が絶滅危惧種の保全に役立つ可能性については、比較的前向きな見方もあります。
飼育下で繁殖が難しい鳥類や、卵がうまく育たない種に対して、人工卵が胚を救うための補助的な環境になるかもしれないからです。
また、生きている個体から精子や卵細胞、あるいは遺伝資源を保存しておき、将来の保全に活用する取り組みにもつながる可能性があります。
シェフィールド大学で鳥類の生殖生物学を研究するニコラ・ヘミングス氏は、すでに失われたものを取り戻すことよりも、今あるものを守ることに関心があると述べています。
こうした指摘は、人工卵という新技術の期待と限界の両方を指し示すものかもしれません。
参考文献
De-Extinction Company Says It’s Hatched Chicks From Artificial Eggshells
https://www.sciencealert.com/de-extinction-company-says-its-hatched-chicks-from-artificial-eggshells
Colossal Biosciences Hatches First Chicks from Its Fully Artificial Egg System
https://www.prnewswire.com/news-releases/colossal-biosciences-hatches-first-chicks-from-its-fully-artificial-egg-system-302775136.html
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

