『パスト ライブス/再会』で世界中の映画ファンを魅了したセリーヌ・ソン監督が、A24と再びタッグを組んだ最新作『マテリアリスト 結婚の条件』。舞台は、現代のニューヨーク。結婚相談所で凄腕のマッチメーカーとして働くルーシーは、資産家のハリーと、夢を追い続ける元恋人ジョンとの間で揺れ動いていく。90年代ロマコメを思わせる華やかな三角関係の裏側にあるのは、愛を条件で測ろうとする現代人の切実さと、それでも割り切れない心の揺らぎ。ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス、ペドロ・パスカルの共演で描かれる、甘くて少し痛い“大人のラブストーリー”を読み解く。
2026年は、不思議な年だ。たまごっちやポケットモンスター、ポムポムプリンにエヴァンゲリオン、名探偵コナン (TVアニメ) 等が30周年を迎え、平成女児ブームやシール集め再燃もあって、当時小学校低学年だった筆者は妙にノスタルジーを抱きながら生きている。『プラダを着た悪魔』の20年ぶりの続編や、スティーブン・スピルバーグ監督が久々にUFOものを手掛ける『ディスクロージャー・デイ』(7月10日公開) もあり、やたらと「なつい! 」という感情が湧きあがってくる機会が増えた。そうした時代のムードの中で、90年代ロマコメの雰囲気を引き継ぐ『マテリアリスト 結婚の条件』が日本公開を迎えることに、運命めいたものを感じずにはいられない。
本国では2025年6月に封切られ、公開当時『シビル・ウォー アメリカ最後の日』『ヘレディタリー/継承』に次ぐA24史上第3位のオープニング成績を収めた本作。アカデミー賞候補にもなった『パスト ライブス/再会』に続きA24とセリーヌ・ソン監督が再び組み、ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス、ペドロ・パスカルが共演した。ニューヨークの結婚相談所でマッチメーカーとして働くルーシー (ジョンソン) が、熱心にアプローチしてくる資産家のハリー (パスカル) と元恋人で売れない俳優ジョン (エヴァンス) の間で揺れ動く。
上記のあらすじを聞いた段階では、メグ・ライアンやジュリア・ロバーツらがけん引した時代の王道ロマコメっぽさを感じる方も多いことだろう。予告編も、街ですれ違った男性に主人公ルーシーが名刺を差し出すという、 “らしい”展開から幕を開ける構成になっており、現在では希少な存在になったラブストーリーの“型”を今をときめくA級キャストでやってくれるのか! という期待を加速させる。そもそも、マッチングアプリがここまで普及した現代にわざわざ結婚相談所を描くこと、多様な価値観が享受されて然るべきいまあえて「結婚をしたい人」たちを題材にすること自体が、懐古主義的にも感じられる。もちろん全ての作品が「いまっぽさ」を纏っている必要はないが、本作の第一印象として――ターゲットが「あの頃のロマコメを通ってきた世代」「もう一度観たい層」にピンポイントで設定されているようにも感じられるのではないか。
だが中身を観てみると、そうした先入観を巧妙に利用した“ブラフ”であることがわかる。マテリアリスト=物質主義者 (形のある富に価値を感じる者) というタイトル自体が、反語的な意味合いを持って扱われ、「変わりゆく時代の中でいまだ縛られている人間のおかしみ」になっているのが秀逸だ。ここからはその点に焦点を絞り、作品の中身を紹介していこう。
いわゆる“バリキャリ”のルーシーは、成婚率の高い腕利きのマッチメーカーだ。物語は前述した彼女自身の恋愛と、彼女が向き合う現代の婚活事情が並行して描かれていく。ルーシーの元を訪れる依頼人たちは、相手に求める条件を次々と並べ立てる。興味深いのは、国も時代も違えど80年代バブル期に日本で流行した「高収入・高身長・高学歴」=3高を求めるユーザーが現代NYを舞台にした本作に多数登場すること (特に女性)。対して男性は、相手に「若さ」を求めがち。そして双方ともに「美貌」は言わずもがなチェックリストに入っている。そのくせ、自分も選ばれる側である認識がすっぽり抜け落ちているのだ。例えば40代後半の男性が20代前半の女性と結婚したいという希望を出したとして、その条件が相手にとって魅力的かという点まで考えが及ばない。お互いにWIN-WINでなければカップル成立に至らないのは自明なのに、「なぜ相手がわざわざ20歳も年上の男性を選ぶと思うのか?」、究極的にいえば「ハイスペックな人がロースペックな相手を選ぶ理由は? 」と問われると答えに窮してしまう。とはいえ、これはニューヨークも日本も、ひょっとすれば万国共通の“あるある”でもあるのだろう。この部分は、どうしようもない「人間の本質」と、今の時代だからこそ浮かび上がる「結婚相談所の存在意義」の両面を指し示している。
ルッキズムから抜け出そう! が社会的なスローガンとして認知されたとしても、人を物質主義的に品定めするグロテスクさをわかっていたとしても、一生を添い遂げる相手を選ぶならつい好条件を課したくなってしまう。時代の空気とズレていたとしても、だ。いやひょっとしたら、物価高騰が止まらない現在こそその傾向は強まっているかもしれない。本作はそうした人の性 (さが) を、ありありとさらけ出してしまう。そしてだからこそ、結婚相談所ないしマッチメーカーが必要とされるのだ。マッチングアプリでは大抵の場合、ユーザーが自己アピールをしてカップル成立までたどり着かねばならない。気軽に始められるということは、ライバルも増える=相手にも選択肢が多いということ。そんな環境で無理めの高望みが通る可能性は低く、マッチメーカーが仲介してくれる結婚相談所のほうが融通が利きやすいというわけだ。将来の不安が増し、一人で生きていくことに経済的・精神的なリスクを感じる人もいることだろう。結婚が当たり前ではなくなり、選択肢が増えたいま、「するもの」ではなく「したいこと」として需要が高まっているのかもしれない。
劇中ではルーシーのクライアントが「一人で何でもできるのに多少なりとも縛られる結婚の道を選んだ私は、自立した女性ではないのでは?」とマリッジブルーに陥る姿も描かれ、実に現代的だ。『マテリアリスト』は序盤からこうした“事情”を丁寧に描いており、先述したような「なぜ今?」感は早々に解決する。そして、ここが実にセリーヌ・ソン監督らしい点だが――彼女はこうした人間の利己的な素顔を冷笑的に見つめない。それどころか「人間ってしょうがないよね」といったような親愛を込めて包み込んでおり、作品全体に優しい味わいを付加させている。人間の残酷さをシニカルに突き付けたり登場人物を突き放すことなく、きちんと見つめたうえで欠点すらも愛そうとする姿勢――そのまなざしで以て、本作は傍観の時代にあって特別な温度を宿した一作に仕上がった。
ルーシー、ハリー、ジョンに対しても同様であり、恋の駆け引きよりも各人のいじらしさが際立つ内容に。クライアントを通して人間の身勝手さやワガママさを見続けたルーシーは、条件だけなら完璧なハリーに惹かれていくものの、心のどこかに迷いも生じる。相手を「条件だけ」で選んでいないか?という疑念、完璧すぎて信じきれない/釣り合っているのかわからなくなり引け目を感じてしまう心理――。一方、再会したジョンは変わらずナイスガイで気も合うが、別れざるを得なくなった金銭トラブルもフラッシュバックする。記念日なのに「駐車料金が高い」と揉めてしまい、路上で「愛がないんじゃない、お金がないのよ!」と叫んだあの日のことを‥‥。ルーシーには貧乏生活に疲れ果て、今の仕事を選んだ経緯があったのだ。であればハリー一択では?と言いたくもなるが、厄介なことに頭でそう思ったとしても心がすぐに追随するわけではない。単純なわけでもなく、かといって複雑でもなく、現実感を適度にまぶした三角関係の魅せ方は、『パスト ライブス/再会』でもみられたソン監督の十八番であろう。そこに仕事面でのある“事件”が連動し、ルーシーが岐路に立たされる展開も淀みがない。
ソン監督の人間愛、スターたちのファニーな好演も相まって、物語が進むほど各人がグッと身近に感じられる点も本作の特長だ。マテリアリストに徹せないルーシー、超ハイスペ男子なのにどこか寂し気なハリー、俳優として成功する夢となかなか芽が出ない現実の狭間で苦悩するジョン――全員にどこかしら隙があり、それがゆえに我々は共感/共鳴し、幸せを願いたくなってしまう。この《愛の構造》が、作品全体の結婚観となっていくのが何とも見事だ。
もちろん程度や内容にもよるが、人は不思議と相手に欠点があるから安心できる生き物なのかもしれない。むしろお互いにそのマイナスポイントを微笑ましく思えたり、その人らしさを構成する一要素と思えたなら、きっとこの先も共に生きていけるはず。真実の愛情とは、「理想の条件」の陰に隠れた“裏側”にこそ宿るのだろう。
文 / SYO
作品情報
映画『マテリアリスト 結婚の条件』
ニューヨークの結婚相談所で“マッチメーカー”として働くルーシーは、「天性の婚活カウンセラー」と絶賛され、仕事一筋の多忙な日々を送っていた。また、彼女自身は恋愛を感情だけでなく“資産価値”でも冷静に判断するマテリアリスト(=物質主義者)だ。そんな彼女の人生が、二人の男性との出会いと再会によって激しく揺れ動く。一人はルーシーがマッチングさせたカップルの結婚式で出会った新郎の兄ハリー。身長180cm、気が遠くなるほどリッチな投資家、家柄も人柄も学歴も一流、すべてが“完璧”な彼から情熱的なアプローチを受けたのだ。一方の再会は、その披露宴の席でウェイターをしていた元カレのジョン。互いに愛し合っていたが、俳優を目指してバイトを転々とする彼との貧乏生活に耐えられず、破局した。ルーシーはハリーとの真剣交際に踏み出すが、夢を諦めないジョンへの想いも再燃。そんななか、クライアントがある事件に巻き込まれ、ルーシーは仕事も恋愛も岐路に立たされる。
監督・脚本:セリーヌ・ソン
出演:ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス、ペドロ・パスカル
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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2026年5月29日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
公式サイト materialists
