
「2014年5月17日、あなたは何をしていましたか?」
多くの人は、少し考えても思い出せないでしょう。
しかし世界には、「その日が何曜日で、どんなニュースがあり、自分がどこで何をしていたか」を即座に答えられる人たちがいます。
こうした人々は「Highly Superior Autobiographical Memory(HSAM)」と呼ばれ、自分の人生のほぼ毎日を異常なほど鮮明に覚えています。
そしてテキサス州立大学(Texas State University)の研究チームは今回、その秘密が“眠っている間の脳活動”にある可能性を示しました。
研究の詳細は、2026年5月8日付の学術誌『SLEEP』に掲載されています。
目次
- 人生のほぼ毎日を覚えている人たち
- ”超記憶”の人では、睡眠中の「脳波のリズム」に特徴があった
人生のほぼ毎日を覚えている人たち
HSAMは、試験勉強や暗記術で発揮されるような「物覚えの良さ」とは異なります。
その特徴は、自分の人生の出来事が日付と強く結びついていることです。
たとえば、ある日付を聞かれると、その日が何曜日だったか、世の中で何が起きたか、自分がどこにいて何をしていたかを思い出せることがあります。
HSAMを持つエミリー・ナッシュさんは、自分の記憶を「毎日が小さな映画のようで、巻き戻したり早送りしたりできる」と表現しています。
この言葉は、HSAMの不思議さをよく伝えています。
彼らにとって過去は、ぼんやりしたアルバムではなく、日付ごとに並んだ動画のように残っているのです。
ただし、この能力は必ずしも夢のような贈り物ではありません。
私たちは普通、嫌な記憶や恥ずかしい記憶、悲しい出来事を少しずつ薄めながら生きています。
忘れることは、単なる欠点ではなく、心を守るための働きでもあります。
しかしHSAMの人は、楽しい思い出だけでなく、屈辱や悲しみ、恐怖、後悔までも鮮明に抱え続けることがあります。
有名なHSAM保持者であるジル・プライスさんは、「前に進むことができない」と語りました。
つまりHSAMは、記憶の才能であると同時に、忘れられない重さを伴う能力でもあるのです。
では、なぜ彼らはここまで忘れにくいのでしょうか。
研究チームは、その理由を「起きている間の記憶力」ではなく、「眠っている間の記憶固定」に探りました。
実験では、HSAMの人9名と、年齢・性別・人種・教育水準を合わせた対照群13名を対象に、2晩にわたって睡眠ポリグラフ検査を行いました。
1晩目は検査環境に慣れるための適応夜とされ、参加者には知能やエピソード記憶の簡単な検査、睡眠の質や日中の眠気に関する質問も行われました。
これは、「HSAMの人は単に頭が良いのではないか」「睡眠時間が長いだけではないか」といった別の説明も確かめるためです。
”超記憶”の人では、睡眠中の「脳波のリズム」に特徴があった
結果は、意外にも「大きな差がない」ことから始まりました。
HSAMの人と対照群の間には、知能や一般的な記憶検査、主観的な睡眠の質、日中の眠気に明確な差は見られませんでした。
さらに、総睡眠時間、各睡眠段階に費やした時間、ノンレム睡眠中のゆっくりした脳波の強さにも差はありませんでした。
つまり、HSAMの人は「長く眠っている」わけでも、「深い睡眠が極端に多い」わけでもなかったのです。
ところが、脳波をより細かく見ると、重要な違いが見つかりました。
HSAMの人では、ノンレム睡眠中の「睡眠紡錘波」が多かったのです。
睡眠紡錘波とは、眠っている脳に一瞬だけ現れる短い脳活動の波です。
記憶研究では、この睡眠紡錘波が、学習した情報を安定させ、長く残りやすくする過程に関わると考えられています。
今回の研究では、HSAMの人で睡眠紡錘波の密度が高く、前頭部、中央部、頭頂部でその差が見られました。
特に大きな差が見られたのは、頭頂部に置かれた電極で測定された脳波でした。
さらに重要なのは、睡眠紡錘波が、ノンレム睡眠中のゆっくりした脳波のピークと、より正確に同期していたことです。
これは、眠っている脳が記憶を整理するタイミングが、よりうまく噛み合っている可能性を示します。
これにより、昼間の経験が長く残りやすくなる可能性があります。
こうした結果から研究チームは、HSAMの人が特別に多くの情報を取り込んでいるというより、睡眠中の記憶固定が強いために、記憶が忘れられにくくなっている可能性を示しました。
これは、「記憶力がいい」とは何かを考え直させる発見です。
私たちは普通、記憶力を「覚える力」だと考えます。
しかしHSAMの研究が示しているのは、記憶の個人差には「忘れる力」や「眠っている間に残す力」も深く関わるかもしれないということです。
もちろん、今回の研究はHSAMの人9名を対象とした小規模な研究であり、睡眠パターンがHSAMを生むと断定することはできません。
それでも、記憶を失う病気や加齢による認知機能低下を考える上で、HSAMは重要な手がかりになります。
もし「忘れにくい脳」に共通する睡眠リズムがさらに分かれば、将来的には記憶障害の理解や、記憶を支える方法の研究にもつながる可能性があります。
人生の多くの日々を鮮明に覚えている人たちの脳では、夜の眠りの中で、記憶を残す仕組みが少し特別に働いているのかもしれません。
参考文献
People With a Rare Memory Gift Can Remember Almost Every Day of Their Lives and Sleep May Explain Why
https://www.zmescience.com/science/news-science/hsam-sleep-study/
元論文
0093 Superior Sleep in Highly Superior Autobiographical Memory
https://doi.org/10.1093/sleep/zsag091.0093
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

