25歳でテニスを始め、32歳でプロになった市川誠一郎選手は、夢を追って海外のITF(国際テニス連盟)大会に挑み続ける。雑草プレーヤーが知られざる下部ツアーの実情や、ヨーロッパのテニス環境、選手たちの取り組みについて綴る転戦記。
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ここ数回にわたり、ヨーロッパなど海外の選手がどのようにジュニアからプロの下部ツアーに移行しているのか、そのキャリアパスを紹介してきました。最下層のITFツアーから1つ上のATPチャレンジャー大会、さらにATPツアーへと、スピード感をもって駆け上がった選手もいれば、時間をかけてクリアした選手、挑戦が遅い選手など、様々います。
僕がかつて1年間練習していたスペインのテニスアカデミーに、ITFツアーレベルで常に優勝争いしていた3人のスペイン人選手がいました。カルロス・タベルネール(1997年生まれ)、ペドロ・マルチネス(1997年生まれ)、リカルド・オヘダララ(1993年生まれ)です。
ちょうど彼らはITFツアーからチャレンジャーへの移行期でしたが、そこでチャレンジャーに行って少し負けると、すぐに遠征を切り上げて帰ってきてしまい、ITFツアーにしか出場したがらない選手がオヘダララでした。
他の2人は上のカテゴリーへの挑戦を続け、タベルネールは最高位83位、マルチネスは同36位にまで達し、現在も現役を続けていますが、結果的にオヘダララだけが早期に引退してしまい、最高位は171位でした。
前回取り上げたエリアキム・クリバリも、このオヘダララもですが、守備的なプレースタイルの選手ほどキャリア形成でも消極的になる傾向が強く、プレースタイルとメンタリティの根深い相関が感じられます。そして、上のカテゴリーに行けば行くほど、守備的なプレースタイルではなく、攻撃的に自分からポイントを取ることが求められるのはご存知の通りです。
次のカテゴリーにどんどん挑戦できない選手の大半が、チャレンジャーの壁を破れずにキャリアを終えます。彼らに共通の特徴として、「もう少しランキングが上がったら」「予選ではなく本戦に入れるようになったら」などと言って挑戦を先延ばしにしますが、少し触っては戻っての繰り返しで、本格的に挑戦しないまま終わってしまうのです。
プロでは今のランキングを維持するのも簡単なことではなく、挑戦できるタイミングを逃せば次はいつ出られるかわかりません。そして当然ですが、挑戦しなければ、そもそも機会も生まれません。
どのキャリアの時期においても、より高いカテゴリーの大会にどんどん挑戦した選手がブレークスルーしていきます。もちろん、自信をつける大会、ポイントを取る大会、挑戦する大会のメリハリはあっていいですが、基本的なスタンスとして、失うことを恐れず、常にできる限り高いレベルの大会でプレーしようとすることが非常に重要です。
これはジュニア大会からプロツアーへの移行でも同じことで、負けが続いたとしても早期からプロツアーに挑戦することが絶対に必要です。この、常に上にトライする姿勢と、結果が出なくても腐らずに何年でも続ける姿勢が、トップに到達する選手の共通点です。
文●市川誠一郎
〈PROFILE〉
1984年生まれ。開成高、東大を卒業後ゼロからテニスを始め、32歳でプロ活動開始。36歳からヨーロッパに移り、各地を放浪しながらITFツアーに挑んでいる。2023年5月、初のATPポイントをダブルスで獲得。Amebaトップブロガー「夢中に生きる」配信中。ケイズハウス/HCA法律事務所所属。
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