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ドラッグレースにドハマりするきっかけをくれた人【H-D偏愛主義】

今号の巻末でカメラマン増井さんが先日亡くなられたクレイジーTAKこと重松健さんの追悼文を書いている。重松さんと親友のような間柄だった増井さんには遠く及ばないが、僕も重松さんから影響を受けたものとして、印象的な出来事を思い出して書いてみようと思う。

心に刺さる言葉をくれた愛すべきスピード狂

僕が初めてドラッグレースに出場したのは、2010年仙台ハイランドで行われた「ドラッグゲームス」。その第4回目に編集部のFXSTCでエントリーした。

ドラッグゲームスではレースの合間に重松さんがトップフューエルで走るエキシビジョンが行われるのだが、その時ちょうどタンデム特集の取材をしていた期間だったので、無謀にもエキシビジョンの直前のチームブルーパンサーのピットへ行き「タンデムさせてください!」と、我ながら空気の読めない感じでお願いにいった。ピリついている空気の中、重松さんは「乗せて走るのは無理だけど、走る前に後ろに乗せるのはいいよ」と快諾してくれ、トップフューエルにタンデムする写真を撮ることができたのだった。

このレースを経験し、全然ダメダメで悔しく、それがきっかけでドラッグレースにハマってしまった。でも、どうやったらうまく走れるのかいろいろな人に聞いてみたがいまいちピンとこない。そこで、重松さんに教えてもらおう! と愛媛県松山のH-Dブルーパンサー(現・H-Dバルコム松山)に行った。

「とりあえず走ってみないことにはわからないよ」ということで、トランポにハーレーのドラッグレーサー、「V-RODデストロイヤー」を載せて、当時「マイルハイ」というイベントを行っていた、久万スキーランドの駐車場へ向かった。そこでバイクを降ろし、バーンアウトのやり方やスタートの仕方を詳しく教わり、「じゃあ、やってみて」と言われて、エンジンをかけると、今まで味わったことのない爆音が腹の下から響いてきて、完全にビビってしまい、バーンアウトの時、操作を誤って貴重なレース車両を転倒させてしまった。

申し訳なく思いながら車両を起こしていると、重松さんが近づいてきて、

「盛大にこけたね! じゃあもう一回」と、すぐに走るように促された。そして2回目は何とかうまくいき、何となくだがコツをつかむことができた。その日の夜、飲みながら話を聞くと、「コケてビビッてしまうと、もう乗れなくなっちゃうから、とにかく怖さを忘れるぐらい乗って、気持ちよく走ることを覚えた方がいい。うまく走れた時気持ちよかったでしょ?」と言っていた。

その時、クレイジーと言われているこの人も、怖いと思うことがあるけれど、それを打ち消すぐらいにドラッグレースが心底好きなんだなと思った。

その後、ドラッグゲームスは終了となり、僕はVDAでレースを続けた。下手くそだったが、自己ベストを更新したり、レース仲間との勝負は楽しかった。そして毎回スタートの時は重松さんのレクチャーを思い出していた。

そんなドラッグレースもFXRからスポーツスターに乗り換えたころにはレースに参加することはなくった。

でも最近、またあの真っすぐコースを全開で走りたいという衝動に駆られている。少し前はぼんやりとまた走りたいな、ぐらいに思っていたが、より思いが強くなったきっかけは重松さんの死だった。そこまで深い付き合いがあったわけではないけれど、今思い返すと、スキー場でのレクチャーの時以外にも、サーキットで会った時、松山に取材に行った時、その時々でなんだかズバッと芯を付いた言葉をかけてもらった気がする。そして今、もう一度走れと言われている気がしている。

ここで改めて、重松健さんのご冥福を心よりお祈りいたします。ありがとうございました。

2010年9月に仙台ハイランドで開催された「ドラッグゲームス Vol.4」でドラッグレースデビュー。この時会場で重松さんのトップフューエルでデモ走行する直前にタンデムさせてもらった。

ドラッグレースにハマり、VDAの年間シリーズへの参加を決めた2011年、ドラッグレースの走り方を教えてもらうため松山へ。H-Dブルーパンサー(当時)所有のデストロイヤーを借りて練習をさせてもらったが、豪快に転倒……。

(出典/「CLUB HARLEY 2026年4月号」)

配信元: Dig-it

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