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「野球に生かしてもらった」女子高校野球監督・野々垣武志が語る“人生を懸けた恩返し”【死ぬ前にやっておくべきこと】

「野球に生かしてもらった」女子高校野球監督・野々垣武志が語る“人生を懸けた恩返し”【死ぬ前にやっておくべきこと】

女子高校野球監督・野々垣武志(C)週刊実話Web

村瀬秀信氏による人気連載「死ぬ前にやっておくべきこと」。女子高校野球監督・野々垣武志をインタビュー(後編)。女子高校野球に対する熱い思いをたっぷり語っていただいた。

「昼寝をしろ」東京ドーム決戦前の“異例指令”

新チームが始動した2025年秋。佐久長聖高校女子硬式野球部監督の野々垣武志は、選手たちを集めて言った。

「このままじゃ上では勝てない。野球を変えるぞ」

それまでの野々垣には理想の野球があった。バントも小技も使わずに打って打って、流れに乗って勝つ。だが強攻一辺倒では力のあるチームに勝ちきれないことを痛感した野々垣は、勝つために180度、野球を変えた。バント、盗塁、機動力。そしてポジショニングを打者ごとに全員で動かす守備。

結果はすぐに出た。秋のユース大会の初戦で王者・神戸弘陵を延長タイブレークの末に破ったのだ。佐久長聖のヒットはわずか2本。それでも堅実な守備と継投で王者を相手に1対0で守り切ったのだ。

「この試合が本当の意味でのターニングポイントだったと思います。全国ナンバーワンの神戸弘陵を相手に勝てた。そのことで、自信を手に入れたんじゃないかな。この試合を機に、チームとしてもすごく一体感が出てきました。野球が変われば選手も変わるんですね。僕が西武に入団した頃の監督だった森(祇晶)さんの野球って手堅くて、『バントなんて面白くないな』と密かに思っていましたけど、勝つためには必要なんだと40年経って腹に落ちました(笑)」

3月。春のセンバツ大会を迎える。準決勝で、センバツ3連覇中の神戸弘陵と再びまみえる。女子野球界における神戸弘陵は、かつてのPL学園のような一流の選手が集まる強豪だ。体も大きく、球も速い。それでも佐久長聖ナインに、負けると思っている人間は誰一人としていなかった。

序盤から点を取られては取り返すシーソーゲーム。あと一本出れば致命傷を負う場面でサード平塚が、センター木村が、超ファインプレーでしのぎきる。100球全部が自分に飛んでくると覚悟を持たせる野球が、最高の舞台で花開いていた。最後は土壇場で逆転し6対5で勝利。

そして、決勝戦。佐久長聖は東京ドームで大阪の履正社と対峙する。

「試合前の練習後、選手たちに一つだけ指示をしたんです。『昼寝をしろ』と。このまま起きていたら夜まで集中力がもたないと、全員で1時間ほど仮眠を取らせました。結果的に前の試合が遅れ、試合開始時間が20時までずれ込んだ。最後まで集中力が切れずに終盤逆転できたことも、もしかしたら、昼寝が功を奏したのかもしれないですね」

試合中、野々垣はベンチから相手の空気をずっと見ていた。相手ベンチが「いける」と色めき立った瞬間にタイムをかけ、投手を代える。流れが傾く一瞬を捉えて止める。自分にできることはそれぐらいで、あとは子どもたちの力を“ただ信じる”ことだけだった。

「うちのチームは負けている展開でめちゃくちゃ粘り強いんです。子どもたちは顔に出さない。でもプレーにあらわれる。全力疾走で、ヘッドスライディングで、逆転するぞという空気が出来あがってくる。相手が気を抜いた瞬間に隙を突く。いつも合言葉のように言っているんです。『何もやらずに何も起きないことが一番進歩がない。常にチャレンジャーであれ』。それがうちの野球です」

死ぬ前にやっておくべきこと】アーカイブ

「ここで逃げたら一生逃げ続ける」桑田真澄の母の言葉

4回、5回と流れが傾きかけるたびに佐久長聖はしのいだ。満塁のピンチで投手のグラブにライナーが吸い込まれるという奇跡もあった。中盤を耐え、空気が佐久長聖に傾いていく。全員がチャレンジャーでいる限り、隙は必ずやってくると野々垣は信じていた。

最終回。1点のビハインドから押し出し、犠牲フライ、内野ゴロという地味な攻撃で6対4と逆転したことは、全員で1点をもぎ取る佐久長聖の野球の真骨頂だったのかもしれない。

その裏、最後の打球がグラブに収まった瞬間、選手たちがマウンドに駆け寄った。抱き合い、飛び跳ね、心の底から喜んでいた。東京ドームの時計は夜の10時を回っていた。その笑顔を見た時に、野々垣の目から涙が溢れた。

「子どもたちが本当によろこんでいる姿を見たら溢れてきちゃいましたね。4年間の出来事や、試合の展開なんて、全部吹っ飛びました。嬉しい。ただ胸が熱かった。それだけですよ」

長野に帰ると、たくさんの人が優勝を喜んでくれた。野々垣は一人喧騒を離れ、優勝報告の電話を桑田真澄にした。

「自分のことのように嬉しいよ。頑張ったな」

嬉しかった。野々垣は照れた。PL学園時代、脱走の常習犯だった野々垣に、桑田の母が言ってくれたことがある。

「ここで逃げたら一生逃げ続けることになるよ」

あの日から野々垣は逃げなかった。どんなに厳しい状況にも、自分の信念を曲げてでも、子どもたちの喜ぶ姿を見るため、逃げずに、信じ、ここまで来られた。だが、これで目的が達成されたわけではない。

「次の目標は春夏連覇ですが、僕らは優勝しても“自分たちが強い”なんて感覚は一切ない。あくまでもチャレンジャーです。また一からぶつかっていきますよ」

不器用な男が、長い流浪の末に辿り着いたのは長野の高校のグラウンドだった。佐久長聖と同様に野々垣の旅もまだ終わりではない。

「死ぬ前にやるべきこと」

そう聞くと、野々垣は言った。

「分からないですが、野球であることだけは確かです。これまでいろんな人に助けてもらい、野球に生かしてもらいましたから。その恩返しをしていくだけです」

野球しかできない男の、野球でしか返せない恩返しはまだ始まったばかりだ。
 (完)

「週刊実話」5月28日号より

配信元: 週刊実話WEB

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