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【W杯回顧録】第22回大会(2022年)|“三笘の1ミリ”にメッシ悲願V。日本のドイツ&スペイン撃破など、番狂わせ連発のカタール開催

【W杯回顧録】第22回大会(2022年)|“三笘の1ミリ”にメッシ悲願V。日本のドイツ&スペイン撃破など、番狂わせ連発のカタール開催


 北中米ワールドカップが6月11日に開幕を迎える。4年に一度、これまでも世界中のサッカーファンを魅了してきた祭典は、常に時代を映す鏡だった。本稿では順位や記録の先にある物語に光を当て、その大会を彩ったスター、名勝負、そして時代背景などをひも解いていく。最後は2022年の第22回大会だ。

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●第22回大会(2022年)/カタール開催
優勝:アルゼンチン
準優勝:フランス
【得点王】キリアン・エムバペ(フランス):8得点

 カタール大会は、ワールドカップ史上初めて各国リーグのシーズンを中断しての冬開催となった。8つのスタジアムが全て半径20~40キロメートルに収まり、移動は便利で観戦環境には最も恵まれた大会となった。ボスマン判決を経て21世紀は完全に欧州がメッカとして定着したので、それ以外の大陸で開催されると番狂わせの頻度が高まる傾向が強かったが、この大会も例外ではなかった。

 11月20日、開幕戦でカタールがエクアドルに0-2で敗れた翌日、FIFAランク51位の隣国サウジアラビアがアルゼンチンに挑戦する。アルゼンチンは大会前まで36戦無敗で、前年にはコパ・アメリカを制し、リオネル・メッシが代表での初タイトルを獲得。自信を深めていた。

 実際、開始10分にはメッシがPKを決めて先制。その後も試合はアルゼンチンペースで進み、メッシ、ラウタロ・マルティネスらが相次いでゴールを陥れる。計3度もオフサイドで取り消されたが、ゲームの主導権は明白だった。ところが後半開始早々の48分、サウジアラビアはメッシからボールを奪うとカウンターに転じ、アルブライカンからアルシェハリへと繋げて追いつく。さらに53分には、サーレム・アルドサリが無理な体勢から思い切り腰を捻って叩き込み逆転に成功した。
 
 リードしたサウジアラビアはファウルを連発して6枚のイエローを受けるが、辛うじて逃げ切る。それは1990年大会に前回王者として開幕戦に臨んだアルゼンチンが、最後は9人になったカメルーンに敗れた流れを連想させた。

 ただしアルゼンチンは、この90年大会でも決勝まで進んでおり、剣が峰への耐性があったのかもしれない。続く2試合は、慎重に隙を見せない試合運びに徹し、メキシコとポーランドにいずれも2-0で連勝。グループCの首位通過を果たす。逆に初戦で快挙のサウジアラビアは、その後連敗。開催国で大会唯一の初出場だったカタールとともにGS最下位に終わり、地の利を活かせなかった。

 そしてその2日後、今度は日本が番狂わせの主人公としてスポットライトを浴びる。日本がワールドカップ優勝経験国と対戦するのは、98年大会のアルゼンチン、2006年大会のブラジルに続き、カタール大会のドイツが3度目だった。ただしこの大会では同じグループにスペインも属したので、どちらかの優勝経験国を上回らない限り突破は見込めず、難易度は間違いなく過去最高だった。

 ドイツは試合開始から圧倒的にゲームを支配し、その流れのまま33分にイルカイ・ギュンドアンがPKを決めて先制する。一方、4-2-3-1でスタートした日本は何とか前半を1失点で凌ぐと、後半から5バックに変えて三笘薫、浅野拓磨、堂安律、南野拓実らのアタッカーを次々に送り出す。展開は一変した。交代出場のアタッカー4人全員が絡んで2ゴールを生み出し、日本はわずか22パーセントのポゼッションながら逆転勝利を呼び込んだ。

 ところが続くコスタリカ戦はスタメン5人を入れ替えて臨み、初戦とは対照的に主導権を握りながらゴールが遠い。逆に終盤にミスを突かれて、唯一の枠内シュートで失点。スペインが7ゴールをラッシュしたコスタリカに、痛恨の敗戦を喫してしまった。
 
 これでグループEは、各国が2試合を消化して①スペイン勝点4②日本3③コスタリカ3④ドイツ1。最終戦でドイツがコスタリカに大勝する可能性を考えれば、日本が確実にグループステージ(GS)を突破するには、スペインにも勝利する必要があった。

 スペインも日本を相手に、一方的にボールとゲームを支配し続けた。開始11分には、ダニ・オルモのクロスを、アルバロ・モラタが頭で叩いて先制。しかし日本も48分、相手のビルドアップにプレッシャーをかけてボールを奪うと、堂安がミドルレンジからGKウナイ・シモンの手を弾き飛ばすような強シュートで振り出しに戻す。

 さらに日本は、右から堂安のクロスが逆サイドまで抜けると、三笘が間一髪で折り返す。後に「三笘の1ミリ」の言葉が浸透したシーンで、VARでボールがラインを割ったという判定が覆り、中で合わせた田中碧のゴールも認定される。

 実はその後、ドイツがコスタリカに逆転を許すスリリングな展開になり、スペイン、ドイツともに尻に火がついた。結局ドイツは終盤の16分間で3ゴールを畳みかけて4-2と逆転し、勝点でスペインと並ぶが、得失点差では到底及ばず、日本が逆転で首位通過を勝ち取り、ドイツは2大会連続のGS敗退に終わる。日本は大会優勝経験国から2勝し、世界を驚かせる痛快な結末を導いた。
 
 こうしてGSは、欧州勢の独壇場にはならなかった。日本以外にも、モロッコがクロアチアとベルギーを抑えて首位通過を果たし、アジアからは韓国、オーストラリアもラウンド(R)16に進出。北中米からはアメリカが名を連ねた。

 日本は過去最高のベスト8をかけて、前回準優勝のクロアチアと対戦した。日本はスペイン戦に続き守備時の5-4-1から3-4-3へと変形するシステムで臨み、前半は互いに複数の決定機を築いた。だが43分、過去2度の対戦でクロアチアに無得点だった日本が均衡を破る。右から堂安がクロスを入れると、吉田麻也が長い足を伸ばして突き、最後は前田大然が押し込んだ。

 しかしクロアチアも、左右への揺さぶりからクロスを活用して脅かし、55分にイヴァン・ペリシッチのヘッドで追いつく。以後クロアチアは、リスクを抑え前線へのロングボールで圧力をかける戦い方に徹し、日本の攻撃を巧みに封じ込む。

 延長戦を経たPK戦では、GKドミニク・リヴァコビッチが日本の4人中3人を見事に止めて完勝した。前回大会でもPK戦を連勝したクロアチアは、準々決勝でもブラジルを相手に4人全員が成功して4-2で勝利。2大会連続してベスト4に進み、2度目の3位という輝かしい足跡を刻んだ。
 
 初戦の黒星から立ち直り3連勝のアルゼンチンは、準々決勝でオランダと大会史上6度目の対戦を迎えた。サウジアラビアに敗れ、リオネル・スカローニ監督は試合ごとにメンバーの再編と戦術の再考を繰り返し、開幕時の2ボランチから守備に強度があるエンソ・フェルナンデスを底に配す4-3-3に変更。前線にはマンチェスター・シティで売り出し中だったフリアン・アルバレスを抜擢し、MFのロドリゴ・デパウル、アレクシス・マカリステルも含めて、周囲が最大限に汗を流しメッシの走力を補う戦略を構築していく。

 オランダ戦でも35分にメッシのスルーパスからナウエル・モリーナが抜け出して先制すると、73分にメッシのPK突き放した。だがここでオランダは197センチのヴォウト・ヴェフホルストを送り込みパワープレーを徹底。そのヴェフホルストが頭と長い足を利して2ゴールを奪い追いつく。

 試合は徐々に荒れ始め、スペインのアントニオ・ラオス主審は両チーム合わせて大会史上最多の18枚のイエローを乱発。勝敗はPK戦に委ねられ、アルゼンチンはエミリアーノ・マルティネスが2つのビッグセーブで勝利を手繰り寄せた。大きなヤマを越えたアルゼンチンは、準決勝でもメッシがPKで口火を切ると、アルバレスが2ゴールを加えてクロアチアに快勝。通算5度目の決勝進出を果たした。
 
 1990年大会でカメルーンが到達したベスト8を超えられなかったアフリカ勢も、新たな歴史を記した。2030年の共催国モロッコは、過去にベスト4以上を複数回経験しているクロアチアとベルギーを抑えてグループFを首位通過すると、R16では0-0からPK戦でスペイン、準々決勝でも1-0でポルトガルと共催のパートナーを連続して下し、アフリカ最高のベスト4に踏み入れた。

 モロッコの成功は、まるで4年前の日本再建のデジャヴだった。大陸予選突破を果たしたのは、前回大会予選では日本代表を率いたヴァイッド・ハリルホジッチ。しかし規律に厳しい同監督は、チェルシーで活躍するハキム・ツィエクと衝突し「代表引退宣言」へと追い込む。連盟は国民の熱烈な後押しを受けてツィエク起用を促すが、当然交渉は決裂。ハリルホジッチは4年前に続き本大会を3か月後に控えて解任され、モロッコ代表歴を持つワリド・レグラギが引き継いだ。

 ただしレグラギもポゼッションよりデュエルを強調し、スペイン戦、ポルトガル戦ともに支配率は22パーセント。GKヤシン・ブヌやアンカーのソフィアン・アムラバトらを軸とする堅守から、ツィエク、ユセフ・エンネシリ、さらには世界最高級のSBアクラフ・ハキミらを加えた精度の高いカウンターへと繋げたので、メンバーの選考以外に大きな軌道修正はなかった。
 
 連覇を目ざし、圧倒的な選手層を誇るフランスには思わぬアクシデントが続いた。2ボランチでコンビを組み前回優勝を支えたポール・ポグバとエンゴロ・カンテ、さらには前シーズンのレアル・マドリー三冠の立役者でバロンドールも受賞したカリム・ベンゼマが相次いで故障して登録できず、大会開幕後もいきなり初戦でリュカ・エルナンデスが離脱。弟のテオが代役を務めることになった。また終盤にはチーム内に感染症が広まり、ディディエ・デシャン監督はやり繰りに頭を悩ませることになった。

 それでもフランスは、着実に連覇への階段を上がって行った。GSでは突破を決めて完全なターンオーバーで臨んだチュニジア戦だけは落としたが、準々決勝ではこれまでワールドカップでは2戦2敗と分が悪かったイングランドに、CFとして空中を制圧し続けた36歳オリヴィエ・ジルーの決勝ゴールで2-1と初勝利。ジルーは大会中に自身が塗り替えたばかりの同国歴代最多ゴールを更新した。

 さらに準決勝では、それまでの5試合でオウンゴールでの1失点だけだったモロッコから開始5分にテオ・エルナンデスのジャンプボレーで先制すると、相手にボールを持たせながらも隙を作らない戦い方を堅持。逆に不得意なポゼッションを強いられたモロッコから79分に追加点を奪って、2大会連続で決勝の舞台に立つ権利を得た。

 だが決勝戦は、アルゼンチンのスカローニ監督の奇襲が奏功する。ノックアウトステージではスタメン起用がなかったアンヘル・ディ・マリアを利き足と同サイドの左ウィングに抜擢。34歳のディ・マリアは、十分な休養を経てフル稼働する。
 
 23分には、ディ・マリアがペナルティエリアでドリブルを仕掛けると、守備での対応を強いられたフランスの右ウィング、ウスマン・デンベレが後方から足をかけてPKを与えてしまう。アルゼンチンはメッシが右隅に決めて先制すると、36分にも右からマカリステルの対角へのパスを受けたディ・マリアが2点目。涙を流して歓喜した。

 フランスのデシャン監督は「我々は試合に存在していない」と感じて、早くも41分にデンベレとジルーを交代。71分にも再度2枚替えと反撃の糸口を探る。こうして終了10分前から、シナリオは急転換した。

 キリアン・エムバペのシュートが相手の手に当たりPKを獲得。エムバペが自ら決めて1点を返すと、その1分後にもエムバペが、親子2代で決勝出場のマルクス・テュラムとの浮き球のワンツーを、身体を倒しながら鮮やかなボレーで決めて90分間のドラマは2-2で閉幕した。

 延長戦でも先にリードしたのはアルゼンチンで、マルティネスのシュートをGKが弾くと、メッシが素早く反応して押し込む。だがフランスも終了2分前にエムバペのシュートが再びPKを呼び込み、エムバペは最初と同じ左隅に蹴り込んでハットトリックを達成。さらにフランスは、終了間際にイブラヒマ・コナテのロングパスで、ランダル・コロムアニが完全に抜け出す絶好機を迎えたが、アルゼンチンの守護神マルティネスが長い足でセーブ。結局、決勝戦3度目のPK戦決着となり、先蹴りのフランスが2人失敗したのに対し、アルゼンチンはメッシに始まり4人が成功。遂にメッシが35歳で、残された最後のタイトルを手にした。

※「W杯回顧録」全22回了

文●加部究(スポーツライター)

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配信元: SOCCER DIGEST Web

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