目の前のことを必死にやっていたら、次の道につながっていった
──帰国後、何があったのでしょうか。
ビジネスの相手として、全然見られなかったんですよね。帰国してしばらく経っても、仕事のめどが立たない。なのに貯金はどんどん減っていく。知人との関係はこじれ、当時の恋人からも愛想を尽かされてしまって……。
心身ともに参ってしまい、実家に引きこもって毎日寝て起きるだけの日々をすごしていました。「このままの自分で30代を迎えるのは嫌だ」と思って、自分なりに動いてきたつもりだったのに、その結果がこれ。布団にうずくまりながら、何度も「死にたい」と思いました。
──そこから、どうやって立ち上がっていったのでしょう。
ある日、病院で「肝機能障害」と告げられたんです。このまま悪化すると、命も危ないと言われて。死が現実のものとなったら、急に怖くなったんですよね。
ちょうどそのころ、30歳まであと数ヶ月というタイミングでした。いま自分は人生のどん底にいる。でも逆に、「もうこれ以上は落ちようがない。あとは上がるだけだ」と、不思議と開き直れたんです。このまま無気力な30代を迎えるくらいなら、どんなバカなことでもいいから目標を作って、人生をやり直したいって。

それで決めたのが、「30歳の誕生日を、人生最高のコンディションで迎える」ということでした。具体的には2つ。ひとつは、体を立て直すこと。久々のぼくを見て心配してくれたトレーナーの知人が、茅ヶ崎の4畳半ほどの部屋を紹介してくれて。さらに地元の大学生にも声をかけてくれて、毎日トレイルランやライフセービングを一緒にやってもらいながら、少しずつ体を作り直していきました。
もうひとつは、30歳のバースデーパーティを自分でオーガナイズすること。どん底のぼくは、トレーナーや大学生たちに支えてもらって、なんとかここまで戻ってこられた。だったら今度はぼくが、お世話になった人たちに自分から感謝を返したい。そう思って、人にもてなされるのではなくて、お世話になった人たちに自分から感謝を届ける「おもてなしの会」にしたかったんです。そのためには、自己満足ではなく、みんなに心から楽しいと思ってもらえるものを作らなきゃ、と考えていました。
──お金もない、イベント経験もない状態で、どうやって実現したのですか。
知人がお台場のホテルでイベントをやっていたことを思い出して、「その場所、ぼくにも貸してもらえないか」とお願いしたんです。このときのぼくは、イベント運営なんてやったことがないから、会場はタダで借りられると思っていたんですよね。でも後日、すごい金額の請求書が届いて……(笑)。ただ、結果的にはこれがよかった。もう後には引けない状況に自分を追い込んだことで、「なんとしてでも成功させなきゃ」と覚悟が決まりました。
そこからはもう手探りです。イベントのコンテンツを考えて、ロゴを作り、フライヤーを作り、映像作品を作り、会場内の装飾もして。仲間にも手伝ってもらいながら、なんとか形にしていきました。その結果、200人以上が集まる会になったんです。

──このときのイベント運営経験が、世界最大級の音楽フェスの日本版『ULTRA JAPAN』の開催や、パラリンピック閉会式総合演出、2025年大阪・関西万博の催事企画プロデュースにつながってくのですね。
最初からイベントプロデューサーを目指していたわけじゃないんですよ。ただ、「体を治す」「感謝の会を開く」という2つの小さな目標に向かって、目の前のことを必死にやっていたら、気づいたら次の道がつながっていたんです。
バースデーパーティを一緒に作り上げた仲間たちと、「楽しかったね」「またやろうよ」と小さなイベントを企画するようになって。最初は数十人、多くても100人規模だったのが、500人、1,000人と並ぶようなイベントに育っていった。それを続けていくうちに、企業から「うちのイベントを作ってくれないか」と声がかかるようになっていったんです。
変わりたいなら、「1日1想定外」を心がける
──小さな「want to」に耳を傾けたことで、少しずつ人生が好転していったんですね。
振り返ると、そのときは「ネガティブなハプニングだ」と思っていたことこそが、「こっちだよ」と本当の自分に戻してくれていた気がするんです。俳優時代に苦しんだことも、休業したことも、病気でゼロになったことも。あのときは最悪だと思ったけれど、全部つながって今がある。ずっとハッピーな映画がないように、自分の人生にも浮き沈みがあったからこそ、今この場所にいるんだと思います。

──小橋さんの場合は海外に出たりと、環境を大きく変えたことでハプニングが起こったり、「want to」を取り戻したりしましたよね。環境を変えるのが難しい人は、何から始めたらいいと思いますか。
ぼくがよく言っているのは、「1日1想定外」。たとえばいつもの帰り道を変えてみる。入ったことのないお店に飛び込んでみる。それだって、充分なハプニングだと思うんです。

仕事に悩んでいる人に「転職すれば?」とはよく言いますけど、仕事を変えるだけだと、同じ環境の中で場所が移っただけで、あまり変わらない気がするんですよね。それよりも、自分の「反対側」に行ってみる。苦手だと思っていたこと、ずっと触れてこなかったこと。その行動自体が大事なんじゃなくて、行動した先で生まれる新しい出会いや感情が、自分を少しずつ変えていくのだと思っています。
──最後に、スタジオパーソルの読者である「はたらく」モヤモヤを抱える若者へ、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするために、何かアドバイスをいただけますか?
ぜひ「反対側」を意識してみてください。そして、少しずつでいいので「利他の感覚」も大切にしてもらえたらと思います。
ぼく自身、30歳のときに開いた「おもてなしの会」も、見返りなんて一切考えていなかったんです。ただ、お世話になった人たちに感謝を返したかっただけだった。でも結果として、あのとき出会った仲間や、必死に作り上げた経験が、今のキャリアにつながっていきました。「利他の力」は本当にあるんだなと、自分の人生を通じて実感しているんです。
利他というと、大それたことに聞こえるかもしれませんが、小さなことからでいいです。たとえば、電車でお年寄りに席を譲ること。心では「譲らなきゃ」思っていても「断られたらどうしよう」とためらってしまう人も多いですよね。そう考えると、これだって立派な挑戦です。他にも、海に行ったついでにゴミを拾ってみるとか。ぼく自身もここ数年、2カ月に1回ほど全国の神社で掃除の奉仕活動を続けています。
みんな日々の生活に余裕がないから、どうしても「自分が、自分が」となってしまいがちです。何かアクションを起こすときも「これをやったら何が返ってくるのか」と期待してしまいますよね。でも、見返りを求めない行動こそが、巡り巡って自分の想像もしなかったようなラッキーや、新しい人との出会いといった「運」を運んできてくれるのだと、ぼくは思っています。
(「スタジオパーソル」編集部/文:仲奈々 編集:いしかわゆき、おのまり 写真:小野澤藍)

