
メガホンをとるのは、映画プロデューサーとして長年活躍してきた娘の渡邉直子。本作が長編初監督作となる渡邉だが、『食堂かたつむり』(10)『ニシノユキヒコの恋と冒険』(14)『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(18)など、数々の映画を手掛けてきたプロデューサーでもある。主演には毎熊克哉、小島梨里杏を迎え、愛と性をめぐる男女のすれ違いと再生を描く。

物語の舞台はフランス。誰もが羨む順風満帆な結婚生活を送っているはずだった克彦と月子だが、月子は克彦の性的な求愛を受け止めきれず、克彦は不満を募らせていた。一計を案じた克彦はある日、妻をフランスへ誘いだし、性的なレッスンを施すという謎の“城”へと彼女を幽閉しようと目論む。衝撃的な設定から始まる本作だが、その先に待ち受けるのは愛する人との関係性をあらためて見つめ直させる、鮮やかな余韻に満ちた人間ドラマとなっている。映画の7割がフランスで撮影されており、本物の古城を使用した映像美も大きな見どころの1つだ。

渡邉監督は、原作に込められた想いを受け継ぎながらも、女性ならではの視点を加え、物語を再構築した。原作では描き切れなかった主人公、月子の視点を丁寧に織り込むことで、夫婦それぞれの感情を丁寧に描出。さらに、原作タイトルにもある“城”という象徴的なモチーフをフランスでの現地ロケによって可視化した。センセーショナルな題材を入口にしながらも、人と人とが互いを理解し、尊重し合うことの難しさと尊さを描く本作は、閉塞感に満ちた現代において、自分らしく生きることの意味を静かに問いかけていく。
唯一無二の存在感で映画界を牽引する実力派俳優の毎熊と、本作で新境地を切り開いた小島。毎熊が演じるのは、優秀な医師でありながら、妻との関係に満たされない思いを抱える夫、克彦。小島は、そんな夫に翻弄されながらも、自らの心と身体を見つめ直していく妻の月子を演じる。

渡邉監督は、「性的なことは、我々の生の根源であり、自然で尊いことであると捉えることで、見える景色は変わっていくのではないでしょうか。本作を通して罪悪感から解放され、性と生の豊かさを感じていただけたら嬉しいです」と本作に込めた真摯な思いを語る。

また毎熊は、「本作は男女の性を描きつつ、異文化や他者との関わりのなかでお互いの心身を尊重し合う大切さを問うている気がします」と、単なるセンセーショナルな題材に留まらない、本作の本質についてコメント。小島も「『私が月子をやっていいものか』と不安や葛藤もありましたが、それ以上に監督の想いに深い共感があり、気づいたらすてきな皆さまと手を取り合っておりました。この作品と向き合うなかで、本当の意味で自分を愛することも教えてもらい、いまも静かな温もりが胸に残っています」と、作品と向き合うなかで得たかけがえのない時間を振り返っている。
現代を生きる人々に響き沁みわたる切実な愛の物語『月がみている』の続報を今後も楽しみに待ちたい。
■<キャスト、スタッフコメント>
●渡邉直子(監督)
「原作の『シャトウ ルージュ』は渡辺淳一が、男性へ向けて『ちゃんと女性によりそわないと逃げてしまうと発破をかけたくて書いた』と話していました。私は、性的なことを『いやらしい』『はしたない』と捉える閉鎖的な空気が、人を、特に女性を苦しめることがあるのではと考えていました。性的なことは、正に我々の生の根源であり、自然で尊いことであると捉えることで、見える景色は変わっていくのではないでしょうか。原作では語られなかった、自他を理解し、愛を与える理想郷である城を加え、人間の美しい性愛を女性スタッフを中心に作り上げました。映画『月がみている』を通して罪悪感から解放され、性と生の豊かさを感じていただけたらうれしいです」
●毎熊克哉(克彦役)
「私が演じた克彦は外では信頼されている優秀な医師でありながら、内では妻との関係に満たされない気持ちを抱え歪ませている複雑なキャラクターで、撮影の日々を思い返すとチクりと痛む罪悪感や喪失感と柔らかい優しさが入り混じった不思議な感情になります。本作は男女の性を描きつつ、異文化や他者との関わりのなかでお互いの心身を尊重し合う大切さを問うている気がします。現代に突き刺さる作品になっていますので、ぜひ劇場でご覧ください」
●小島梨里杏(月子役)
「正直、勇気がいりました。役として『私が月子をやっていいものか』と不安や葛藤もありましたが、それ以上に監督の想いに深い共感があり、気づいたら素敵な皆さまと手を取り合っておりました。特にフランスでの撮影は、もう二度と同じ形では出逢えないような日々の連続でした。この作品と向き合うなかで、本当の意味で自分を愛することも教えてもらい、いまも静かな温もりが胸に残っています。この豊かな愛に満ちた世界が、多くの方を優しく包み込めますように。私自身、公開が楽しみです」
文/山崎伸子
