●こぼれ話
「台湾に帰る予定でした」。26歳で初めて来日した当時を振り返る王夢周さん。PC市場が変化し、盛り上がってくる80年代にPCビジネスに目を付け、そこから王さんの活躍の場はすっかり日本となった。来日から50年以上、興味を持っている分野にチャレンジを繰り返してきた結果だという。
興味の対象はAIに移っているようだが、今なお、好奇心とチャレンジ精神が王さんを突き動かす。キラキラした目と終わらないトーク。夢中になれるものを見つけた人の強さと輝きを感じる。時代に合わせて、ご自身の好きとチャレンジを掛け合わせて、楽しみながらビジネスしてきたのだなと想像できる。
PCの黎明期にマザーボードの輸入を手掛けた王さん。ビジネスチャンスをつかむ嗅覚は素晴らしいが、その苦労はいかばかりか。秋葉原でもPCがこれからという時代だっただけに、そのご苦労も秋葉原の様子もなかなか想像が追い付かない。「苦労しましたよ」と明るく語る王さんの表情が忘れられない。その表情から、必死さの中に面白さと充実感があったのだろうな、と受け取ることができた。
会議室で存分にお話した後、王さんの執務室に移動するとまたもや話に花が咲く。ASUSのPCを前に、やはりASUS JAPAN時代を振り返らないわけにはいかない。とにかくスピードを重視したのはもちろんのこと、その上で品質にこだわり何度も粘り強く改善を繰り返したという。もともとの技術力の上に、高品質を追求する意識をつくり上げていった。高価でも売れるのは確かな品質が認められたから。日本でのASUSの躍進には、王さんの品質へのこだわりは欠かせない要素であったに違いない。
「スピード、スピード」。幾度となく王さんから発せられた言葉だ。日本のビジネスのスピードは遅いと危惧する。目まぐるしく変化するビジネス環境の中で、特に中小企業が置かれる環境は一層厳しくなっている。だからこそ、自らが応援しなければならないし、できることがとても多いと語り、テックウィンドのさらなる飛躍を目指す。王さんのチャレンジは尽きない。(奥田芳恵)
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第380回(下)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

