
■子どもの感情に寄り添ったドキュメンタリー時代の1作

是枝監督は、キャリア初期は制作会社のテレビマンユニオンに所属し、ドキュメンタリー番組を手掛けてきた。1991年の「もう一つの教育 〜伊那小学校春組の記録〜」では、昭和61年、当時文部省が新しい授業形態「総合学習」のモデル校となった伊那小学校の3年春組の生徒たちが牛の世話を通じて、小屋の設計、餌代の計算、生殖の仕組みなど、総合的に学ぶ子どもたちへカメラを向けている。
是枝監督は約2年半の間、1人でカメラを手に定期的に学校へ通うと、一緒に給食を食べて、放課後は遊び、大人になった生徒たちに「是枝さんは仕事じゃないと思ってた」と言われるほどクラスに溶け込んでいたそう。だからこそ、ナレーションが削ぎ落とされた「記録」でも、牛との触れ合いや突然の死を経験し揺れ動く子どもたちの多彩な表情を捉えることができたのだろう。
■『誰も知らない』で確立された是枝監督流の子役演出術
その後、映画の世界へと足を踏み入れ、ドキュメンタリー出身を活かした作風で世界的な注目を集めるようになった是枝監督。その名を一躍知らしめたのが、「巣鴨子供置き去り事件」を題材に、母親からネグレクトされた子どもたちの生活を描いた『誰も知らない』(04)だ。

本作では、幼い弟妹たちの面倒を見る長男の明を演じた柳楽優弥が、第57回カンヌ国際映画祭で史上最年少となる14歳で最優秀主演男優賞を受賞。その自然な演技を引きだしたのが、“台本を渡さずに口頭で伝える”演出方法だ。
というのも、オーディションで選ばれた4人の子役たちはみな演技経験なし。台本を渡したところ案の定、うまくいかなかったため、『DISTANCE』(01)でも用いた台本を覚えさせるのではなく、その場でシーンやセリフを口で伝えるという手法を導入。この即興的なやり方が子どもたちにマッチし、結果として苦しい生活のなかでもたくましく素直に生きる子どもたちの豊かな感情を浮かび上がらせた。
これ以外にも、クランクイン前には4人の子どもたちとBBQをしたり、衣装の洋服を一緒に買いに行ったりと、共に過ごす時間を多く設けることで兄妹の自然な関係性を作り上げていった。
■のちに活躍する逸材が集結した『奇跡』
両親の離婚により離ればなれになった兄弟が「いつかまた家族4人で暮らす」という願いを叶えようとする様を描いた『奇跡』(11)。当時小学生お笑いコンビとして注目を集めていた「まえだまえだ」の前田航基、旺志郎兄弟をはじめ、橋本環奈、内田伽羅、平祐奈らのちに俳優として羽ばたいていく子どもたちが集った本作でも、台本を用いないスタイルを続投している。
「九州新幹線の『つばめ』と『さくら』がすれ違う瞬間に願いを唱えると奇跡が起こる」という話を信じる子どもたちが繰り広げる、微笑ましい冒険を活写するにあたり、是枝監督は、状況やセリフは伝えるが、キャラクターの感情については指定せず、子どもの自由な感性を尊重。
「映像もなるべく枠にはめないようにしているので、子どもが走ったらカメラも追いかけて走る。そういう感覚でやっていました」と当時のインタビューで語った通り、子どもに合わせる形で撮影。校庭で虫を追いかけて縦横無尽に走る龍之介役の旺志郎のフレームからはみ出そうなほど奔放な姿は自然そのものだ。
また是枝監督は子どもから聞いたエピソードも数多く物語に採用している。例えば、主人公兄弟が喧嘩し、仲直りするシーンでは「ポテチのカスをどっちが食べるかで喧嘩する」という「まえだまえだ」の2人の日常から着想を得るなど、子どもに寄り添う形でリアリティを生みだした。
■『怪物』では台本を用いたベーシックな演出も

その後も、家族ぐるみでの軽犯罪を重ねながら暮らす一家を描き、第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを獲得した『万引き家族』(18)では、偶然雨が降ってきた際に、その場の思いつきで子役の城桧吏と佐々木みゆを雨のなか走らせるなど、台本に縛られない演出で、是枝監督は映像に説得力をもたらしてきた。

『海街diary』(15)では、当時15歳だった広瀬すずに台本を渡すやり方と口頭で伝えるスタイルを試し、広瀬が選んだ後者の方法で撮影を行ったように、決してそのスタイルに固執しているわけではない。『怪物』(23)では、物語の中心となる2人の少年を演じた黒川想矢と柊木陽太には台本を渡すベーシックな方法を選んでいる。

それでもセリフの意図を聞かれた際には、すぐに答えを教えるのではなく考えるように促したり、撮影外で子どもたちが電車を使って遊んでいる様子を見て、劇中に取り入れたりと、子どもたちをコントロールせず、全面的に信頼。“生”の感覚を宿した演技を引きだすことで、作品の世界観を作り上げた。
■ヒューマノイドの子どもを描いた『箱の中の羊』

最新作となる『箱の中の羊』は、最新のテクノロジーで亡き人を蘇らせるというニュースから着想を得たという是枝監督が、少し先の未来を舞台に、テクノロジーによって進化した日常やそこに生きる夫婦、新たな家族のかたちを描くSFヒューマンドラマ。
息子の翔(桒木)を亡くして2年、建築家の音々(綾瀬)と工務店の二代目社長を務める健介(大悟)の甲本夫婦は、不慮の死を受け入れられない人向けにRE birth社が提供する、最新鋭の生成AIと工学技術が詰まったヒューマノイドを息子として迎え入れることに。


息子と同じ姿をしたヒューマノイドの翔が到着し、「おかえり」と喜ぶ音々に対し、健介は「いらっしゃい」と戸惑いを隠すことができなかったが、家族としての時間が動きだし、成長を見せる翔を少しずつ受け入れ始める。その一方で、音々は思い出のなかの翔との乖離に違和感を覚えるなど、一家に波乱の影がちらつきだすなか、翔もまた密かにほかのヒューマノイドの仲間たちとつながり…。

夫婦のすれ違いや再生が描かれるなか、その鍵を握るヒューマノイドの翔を演じる桒木は、200人のオーディションのなかから選ばれた逸材。今作が本格的な演技は初めてだというが、子どもらしい愛らしい一面をはじめ、ヒューマノイドであることに自覚的な達観した様子、仲間たちと行動するしたたかさなど、これまでの是枝作品の子どもたち以上に複雑なキャラクター像を見事に演じている。

今作では台本を渡すスタイルで撮影が行われ、桒木は家で母親と一緒に必死に台本を覚えたそうだが、カンヌ国際映画祭の囲み取材で桒木が「(是枝監督から)『セリフ通りじゃなくてもいい』と言われた」と語ったように、その場の感性を重視。だからこそヒューマノイドの翔にも、どこか自然な温かみが漂っている。

またヒューマノイドたちのリーダーとして大人びた一面を見せる柊木陽太という自身が見いだした俳優も名を連ねるなど、『箱の中の羊』の随所から是枝監督の子どもへの信頼、尊敬の念が感じ取れる。

この新作に加え、6月2日(火)から28日(日)には国立映画アーカイブで、キャリア初期のドキュメンタリーからキャリアを振り返り、作家像をひも解く特集上映「映画監督 是枝裕和」も実施される。併せてチェックしてその手腕、魅力を再確認したい。

文/武藤龍太郎
