スポーツの現場では時として、敗者の「笑顔」が見る者の感情を逆撫ですることがある。それが日本中が固唾を飲んで見守ったオリンピック選考会であれば、なおさらのこと。
2008年1月27日、大阪国際女子マラソン。長居陸上競技場のトラックで展開された悲劇を覚えているだろうか。そしてその直後に放たれた「まさかの言葉」を…。
トラック長距離で無敵を誇り、満を持して初マラソンに挑んだ福士加代子は下馬評通り、まさに一人旅となった。日本記録を大幅に上回る超ハイペースでの独走。
ところが30キロを過ぎた瞬間、まるで神様が悪戯したかのように、彼女の足がピタリと止まったのである。それは失速などという生やさしいものではなく、「完全停止」に近い状態だった。
競技場に入ってからは、生まれたての小鹿のように足がもつれ、ゴールまで4度も激しく転倒。血を流し、這いつくばりながら19位でゴールした姿を見て、スタジアムが悲壮な静寂に包まれた。
だが、本当の衝撃はここからだった。テレビの生中継インタビューでマイクの前に立った福士は、いつもの弾けるような笑顔を作ってこう言い放ったのである。
「(30キロを過ぎてから)一気にガクッときました。乳(にゅう)がいっぱい、おっぱいがいっぱいになりました」
彼女なりのユーモアに「不真面目だ」と拒絶反応
おそらくは、筋肉を蝕む「乳酸」と「おっぱい」をかけた、彼女なりのユーモアだったのだろう。だが、いまだ「日の丸を背負う」という昭和の価値観が根強く残る「マラソン=悲壮美」に、この発言はそぐわなかったのだろう。すぐさま「不謹慎」「不真面目だ」と猛烈なバッシングの嵐が吹き荒れることになる。惨敗を喫した直後に、下ネタとも取れる軽口を叩いた女王に、拒絶反応が巻き起こった。
とはいえ、彼女が笑顔で語った裏に、彼女が身をもって痛感した「高い壁」と「絶望」があったことは想像に難しくない。それは不真面目ゆえのヘラヘラなどではなく、42.195キロという未知の距離に、プライドを完膚なきまでに粉々にされたアスリートが絞り出した、あまりに不器用な自己防衛だったように思える。
時として言葉は、発したその人の本心を隠す煙幕になるものだが、福士自身、後年のインタビューで「当時は本当にマラソンをナメていた。最長で30キロしか走っていなかった」と調整不足を素直に認めている。
この手痛い洗礼とバッシングを乗り越え、彼女はのちに2013年の同大会でマラソン初優勝を果たし、最終的には2016年リオ五輪マラソン代表の座を勝ち取ることになる。
この時、彼女の口から出たのはむろん「おっぱい」ではなく、本物の涙の笑顔だったのである。
(山川敦司)

