村瀬秀信氏による人気連載「死ぬ前にやっておくべきこと」。荒木村重を25年追い続ける女性・しんのじをインタビュー(前編)。荒木村重に対する熱い思いをたっぷり語っていただいた。
大河&映画化で到来した“荒木村重ビッグウェーブ”
2026年は、「荒木村重が来る」らしい。目の前にいる「しんのじ」と名乗る女性が真剣にそう言っている。普段は堅い企業に勤める会社員だというが、饅頭に「叛」と書かれた自作の村重Tシャツを着ている。
彼女は17歳の頃から25年間、荒木村重だけを追いかけ続けてきたそうだ。なぜ女子高生が荒木村重に? そして今年、村重が来る?
まったく実感がともなわないが、戦国武将でもマイナーの位置づけにある荒木村重を四半世紀も追い続けてきた彼女がそう言うのだから、何かしら根拠があるのだろう。
「今年の村重は大河ドラマ『豊臣兄弟!』にレギュラー出演。さらに直木賞作品の『黒牢城』も6月に本木雅弘さんが村重役で実写映画化します。こんなビッグウェーブが来るのは25年追い掛けてきて初めてのこと。これまでの10年分ぐらいの情報量を1年に凝縮したような、とんでもない年ですよ。この村重イヤーに先立ち、国民の皆さんに少しでも村重の魅力を知ってもらいたいと思い、ワタシ、同人誌をしつらえたんです」
そう言って彼女は、自作の薄い本を取り出す。
『25年好きだった戦国武将がビッグウェーブに乗ってる』
表紙には村重を豪胆な武将たらしめたエピソードである、刀に刺された饅頭を咥えるインパクトの強いイラスト。しかし、「そもそも荒木村重って何をした人だったっけ」と思いを巡らしつつ、本をめくってみた。
荒木村重は戦国時代の武将だ。もとは摂津の国人で、下剋上を経て織田信長に認められ摂津一国を任されたが、信長に反旗を翻してしまう。
現在の兵庫県伊丹市にある有岡城に一年間籠城して戦うも、やがて城は陥落。村重は数人の側近とともに逃亡し、城に残された家族や家臣は信長にことごとく処刑された。このことから村重には「卑怯者」の印象が強く残るが、村重の真骨頂はそんな表層をなぞっただけでは語れないと、しんのじは言う。
「信長に反旗を翻した武将としては、本能寺の明智光秀や、平蜘蛛茶釜と自爆した松永久秀などド派手なエピソード持ちに対して、村重は家族を置いて逃げ出したという謗りを受けるだけの存在として語られてきました。これが並の将なら一度、歴史の表舞台から退場しておしまいですが、村重はそこから出家して『道薫』と名前を変え、茶人として利休七哲に名を連ねるまでになるんです。すごくないですか? ネバーギブアップですよ。現代で例えると、会社の上司のパワハラに耐えかねて引き継ぎもロクにせずに飛んだ会社員が、数年後に趣味の分野で大バズりしたようなものです。村重には一言では表せないミステリアスな影があるんです。事実、近年見つかった史料からは村重が城を捨てて逃げ出したことが誤りである可能性が出てきましたし、有岡城の機能が先進的だったりと再評価が進み、村重を取り上げる作品も増えてきました。つまり。“時代が村重に追いついた”。そう言っても過言ではないビッグウェーブがきているのです」
【死ぬ前にやっておくべきこと】アーカイブ
「信長でも秀吉でもない」17歳女子が“村重沼”に落ちた理由
どうやら来ているのは事実らしいが、そんな世間の再評価にしんのじはよろこびこそすれ左右はされない。自身の思いは25年間、揺るぎない一本柱であった。
その最初の出会いは、17歳の時に購入したプレステの『高2→将軍』というマイナーなゲームだった。
「現代の高校生が戦国時代にタイムスリップして、どう行動するかでシナリオが分岐していくサウンドノベルです。私はそこで、初めて村重に会いました。メインキャラではないけど、チラッと出て来るにはおいしすぎる役回りでして。覇道をいく信長や王道の秀吉よりちょっと渋いところに行きたい、あの年代特有の憧れなんですかね。エピソードもあっさりしてるから、私だけが深掘りしたい…みたいな思いがあったのかもしれません。今思えば、かわいいものですね」
“普通”に甘んじたくないというこの17歳の逆張りが、25年の旅路の始まりだ。情報の少ない村重への思いは募る一方。登場する作品は小説もマンガも映像も限られ、ある程度探せばすぐに打ち止め。大学生になったしんのじは、なければ作るだけと、村重のテキストサイトを作る。だが、ここに来る歴史好きは耳を傾けてはくれるものの踏み込んできてはくれない。結局、一人で壁打ちを続ける孤独な日々が続いた。
「歴史が好きな人でも荒木村重と聞けば『ああ、黒田官兵衛を幽閉した人ね。それしか知らないわ』で終わってしまい、寂しい思いもしましたし、若い頃はこんなに村重のことを好きなのに全然報われないな、という気持ちになることのほうが多かったかもしれません」
たった一人で追い続けた荒木村重の背中。ゆかりの地、伊丹にも足を運んだ。有岡城跡は石碑だけを残し、和菓子屋に「村重まんじゅう」があるだけ。それだけの面影でも、しんのじには十分に楽しめた。
「私は歴史的な資料は積極的に読まないんです。想像の余白があることはずっと一人で村重を考えてきた私にとって大きな救いでした。城跡のそばに大きなイオンがあるんですが、あれだけ大きくて食料も生活物資も揃っていれば村重は一年以上籠城できたとかね。村重は堺で亡くなったと言われているけど、お墓も残っていない。でも、何もないからこそ想像が捗るし余白を楽しめる。だから突然村重を与えられてしまうと、すごい構えてしまうんです」
そんな荒木村重に一度目の波がやってきた。2014年。NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』で、その人物が大きく掘り下げられたのだ。
(後編に続く)
「週刊実話」6月4・11日号より
