2月の衆院選で落選し、所属する中道改革連合は大敗。政治的求心力を失ったはずの枝野幸男氏が、政治団体「立憲ネットワーク」を立ち上げたことが明らかになった。
永田町ではこの「立憲」という看板を掲げた組織設立に対し、「単なる地方選への布石だろう」「いや、もしかしたら政局を一変させる隠し玉になるかもしれない」等々、希望的観測を含めた様々な憶測が広がっている。
周知のように、枝野氏は2017年に立憲民主党民を結成し、野党第1党に導いた、文字通りの創業者だ。ところが今年2月の衆院選で、埼玉5区から中道の一員として立候補するも、比例復活すらかなわず落選。
「彼の気持ち中には、自分が育てた『我が子』を奪われたあげく、苦渋をなめさせられたという中道・公明に対する怨念と、立憲民主党への断ち切れない愛憎があることでしょう。それが『立憲』という看板に執着する最大の理由だと思います」(政治部デスク)
落選後、自身が築いた党のアイデンティティが、中道・公明の合流の中で霧散していることに焦りを感じていたとされる枝野氏。永田町関係者の見方はこうだ。
「だからこそ、自らの政治生命を繋ぐ手段として「立憲」の銘柄を守り抜き、これにすがる地方議員を囲い込むことで、党内勢力を掌握しようとしているのではないか。枝野氏にとって立憲民主党は、自身の哲学を体現した、唯一の『作品』ですからね。そもそも、他党の傘下で甘んじる現状に満足できるはずがないでしょう」
漂流する議員の「駆け込み寺」になる可能性
ただし「立憲ネットワーク」というネーミングについては、こんな意見も。
「中道なのか立憲なのか、有権者から見れば違いがよく分からない。落選後に新団体を立ち上げる前に、なぜ支持を失ったのかを総括し、有権者に分かりやすく説明することが先」(野党関係者)
とはいえ政治の世界では、混乱は自身の存在感を浮き彫りにする絶好の舞台となる。今後、高市政権の独走が続き、野党内に絶望が蔓延すれば、その時こそ枝野氏が握るこのネットワークが、漂流する議員たちの駆け込み寺となる可能性が出てくる…かもしれない。
国会での議席という物理的な武器を失った今もなお、「落選しても看板は捨てない」という枝野氏の執念には、そんな思惑が見え隠れするが、はたして枝野氏が、国会外から野党の再編成を仕掛ける「影の立役者」になる日は来るのか。
永田町では早くも、この「立憲ネットワーク」という名の爆弾が、来春の統一地方選でどのような火を吹くのか、慎重に見極めようとする動きが出ている。
(灯倫太郎)

