なぜこの海外での高評価が、国内の評価を一気に押し上げたのか
では、なぜこの海外での高評価が、国内の評価を一気に押し上げたのか。
一つは、あまりに低かった事前の期待との落差だ。失言を心配されていた男が、アジア最高峰の安全保障会議で、各国の国防トップを前に英語で堂々と渡り合った。この予想と現実のギャップが、国民に鮮烈な驚きを与えた。
もう一つは、日本人が外からの評価に弱いという、よく知られた性質である。国内のワイドショーが作った「軽さ」のナラティブは、ロイターやニューヨーク・タイムズの客観的な報道によって上書きされた。
世界は、小泉進次郎をこれほど頼もしい防衛トップとして見ていたのか。その事実を突きつけられて、国内の偏見はもろくも崩れ落ちた。中国の国営メディアが彼を「恥知らずな演劇」と罵れば罵るほど、西側での「中国の威圧に毅然と立ち向かう日本の顔」という像はかえって際立っていった。
現代の安全保障において、発信力はミサイルや戦闘機と同等の武器である。沈黙は金、という時代はとうに終わった。自国の正当性を世界に向けて力強く語れる人間がいるかどうかが、国家の生存を左右する。
小泉進次郎は、その稀有な発信力をもって、急速に進む日本の防衛力強化の正しさを世界に納得させてみせた。
「進次郎構文」の檻は、もうどこにもない。海外メディアというレンズを通して初めて、私たちは彼の本当の姿を見た。実務の能力と国際舞台での発信力を兼ね備えた、安全保障の要。これはもはや、人気だけの若手政治家の姿ではない。
一時の評価からすれば、まさか、まさかというところではあるが、次に国家の舵を握る者として、彼は確かな正統性を手にしつつある。ポスト高市を語るとき、その名を外して語ることは、もうできない。
文/小倉健一 写真/shutterstock

