「男友達」という存在は、果たして本当に成立するのか? テレビ朝日アナウンサーの三谷紬さんは『永野&くるまのひっかかりニーチェ』で「男の親友がいる」と公言したことで永野さんと激論を戦わせることに。「下心」という言葉の意味と男女の友情の本質に迫る。
異性の友達はアリかなしか
男友達という言葉の響きをどう感じるかは、人それぞれだと思います。
「異性の友達はアリかなしか」
何度も繰り返されたいつまでも結論の出ない議論。
担当している番組『永野&くるまのひっかかりニーチェ』で、「私には男の親友がいる」と公言しました。
率直にそう思ったから言ったのですが、永野さんに口をあんぐり開けて驚かれました。
「本当に友達なの?下心なし?!」(永野)
人によって価値観が違うんだということを改めて気づかされた瞬間でした。
この議論になると毎回出てくるのが「下心」というワード。
下心がないなら友達、下心があるなら友達ではない。
そう簡単に仕分けできるものなのか、モヤモヤします。
下心とは?
何なんですかね、「下心」って。
この嫌な感じの言葉の響き。
その言葉の裏に隠された利害・打算のようなものを私は感じます。
そもそも友達というのは、そういう計算じみたことは何も考えずに「一緒にいることに違和感を覚えない相手」なのではないかと思うのです。
番組内で私の親友だと紹介した“げんみー”と”かずと”とは大学で出会いました。
もう友達歴は13年目です(笑)。
初めて会った時、「男の人だから仲良くなっていいのかな?」なんて一つも考えませんでした。気がついたら一緒に笑っていたのです。
“げんみー”が沖縄で仕事をしていた時期は、“かずと”と“げんみーの家”に旅行がてら泊まりに行きました。
深夜に車を飛ばして、ゴザを敷いて川の字で横になり、沖縄の満天の星を何時間もただただ眺めました。
その時に撮影した星の写真は今でも思い出の一枚です。
番組で話した女の親友“かえで”も交えて韓国旅行に行って、大部屋で雑魚寝をしました。
旅行に行くとなるといつも沖縄を提案してくる“げんみー”を強引に初めての韓国に連れて行きましたが、想像以上に楽しんでくれて、「次はいつ韓国に行く?!」と今でも3週間に1度くらい言われます。
いまだに月に2度ほどは“げんみー”“かずと”“かえで”から「今日暇?」「今週会えない?」と集まって、なんでもなくダラダラと一緒にお酒を飲んでいます。
最近あったことを話したり、日頃の鬱憤を晴らすための楽しい未来の予定を立てたり。「男」ではありますが、女子校時代に出会った親友たちとなんら変わりはありません。
私にとって彼らは、人生の大事な存在。
私の日々を明るいものにしてくれていて、感謝の気持ちでいっぱいです。
男女で物事を考えなくなってきた世の中なのに、どうして友達という括りになると途端に嫌悪感を示されるのでしょうか。
もちろん、『男友達だと思っていたのに、下心があったことが発覚し、友達ではいられなくなった…』とすごく嫌な思いをされた方がいらっしゃるのもわかります。

