今から遡ること28年。長野冬季五輪まであと1年と迫った1997年1月6日、開催地・長野県の吉村午良知事が放ったひと言が文字通り、氷上に激震を走らせた。定例会見の席上、吉村氏がスピードスケート競技を指して、
「ミズスマシがグルグルと回っているのと同じで、見ていて退屈」
本人としては、単なる比喩のつもりだったのかもしれない。だが日本での開催を控え、メダル獲得を目指して血の滲む努力を重ねていた現場のスケート選手たち、関係者らの「0.01秒を削る極限の闘い」をあろうことか、開催地のトップが「ただ回っているだけ」と斬り捨てた事実は、競技そのものの冒涜にほかならない。
なぜ開催責任者である知事が、こんな暴言を公の場で口にしたのか。その根底にあったのが、行政的な管理職としての論理と、スポーツを愛する者の情熱の間の、埋めがたい乖離だった。
どうやら組織のトップは、スポーツという文化の本質を理解しないまま「開催事業」をマネージメントしようとした結果、その本音がつい口をついて出てしまったのである。
嵐のように吹きつける猛批判に耐えきれず、吉村知事は即座に発言を撤回、謝罪に追い込まれた。3日後の1月9日には会場となるエムウェーブで日本スケート連盟会長と握手を交わし、その後に行われた五輪関連イベントでも熱心な姿勢をアピールするなど「リカバリー」に奔走。しかし「ミズズマシ知事」というレッテルが剥がれることはなかった。
シャトルバスが間に合わず「ジャンプは遠くからでも見える」
ところが、だ。このミズスマシ知事はなんと1年後の開催期間中に、またしても暴言を吐いたのである。
交通規制で会場へ向かうシャトルバスが渋滞に巻き込まれ、チケットを手にしながら開始時間に間に合わなかった観客に対し、
「ジャンプは遠くからでも見える」
という趣旨のことを言ったことで当然、大騒ぎに。
運営の非を認めないこの言い草に激怒した観客が組織委員会を提訴し、民事裁判にまで発展。のちに組織委の敗訴が確定するなど、歴史的なイベントの品位すら失墜させる後味の悪さを残すこととなった。
スポーツ文化への無理解、そして裁判沙汰という最悪の結末を招いた長野五輪。開催の意義を説くべき公人や組織が競技への敬意を欠いた時、祭典は「心なき事業」へと変貌する。
あの冬、長野で起きた騒動が、スポーツという文化を扱う者の言葉と誠実さの重みを今に伝える反面教師なったことは間違いない
(山川敦司)

