
私たちの宇宙は「仮初めの安定」の上に成り立っているだけかもしれない——物理学にはそんな恐ろしい理論があります。
中国・清華大学で行われた研究により、宇宙を終わらせうるとされる「真空崩壊(偽真空崩壊)」の理論的シナリオを、わずか16個の「原子を輪」で再現することに成功しました。
研究では、今の安定状態に終末をもたらす「終わりの種」が量子トンネル効果で出現し、そこから崩壊が広がっていく様子が示されています。
さらに研究では、今の安定状態の様子によって、崩壊が劇的に変わるという、予想を超えた現象も報告されました。
この研究は2026年3月27日に学術誌『Physical Review Letters』に掲載されました。
目次
- 宇宙はすでに何度も「生まれ変わっている」
- 私たちの宇宙に相転移が起こるかもしれない
- 原子の輪で「小さな宇宙の終わり」を作る
- 私たちの宇宙は、終わるのか?
宇宙はすでに何度も「生まれ変わっている」

宇宙は安定している——私たちは何となくそう思って暮らしています。
物理法則は昨日と同じように今日も働き、明日もそうだろう、と。
でも実は、宇宙はこれまでに何度も根本的な「生まれ変わり」を経験してきました。
誕生直後の宇宙は、今とはまるで別世界でした。
現在の宇宙を支配する4つの基本的な力——重力・電磁気力・強い力・弱い力——は、もとは1つにまとまっていたと考えられています。
ところが宇宙が冷えるにつれ、力は次々と「分離」していきました。
まるで水蒸気が冷えて水になり、さらに冷えて氷に変わるように。宇宙もまた、温度が下がるたびにまったく別の姿に変わったのです。
物理学ではこれを「相転移」と呼びます。
ある転移では、粒子が質量を獲得し、別の転移では、物質の基本粒子であるクォークが閉じ込められて陽子や中性子が生まれました。
そしてさらに冷えると原子が形成され、宇宙は初めて「光が通る透明な空間」になったのです。
ここで注目してほしいのは、こうした「衣替え」が起きるたびに、宇宙のルールが根本から変わったという事実です。
前の時代で見えていた粒子の振る舞いや力の現れ方が、次の時代には大きく変わりました。そのたびに、前の時代の「安定」は消え去ったのです。
さて、ここで素朴な疑問が浮かびます。
今の宇宙のルールは、本当に「最終版」なのでしょうか?
宇宙はこれまで何度も衣替えをしてきました。
でも、今着ている服が最後の一着であるという保証は、実はどこにもありません。
もし「次の衣替え」があるとしたら——それはどうやって始まるのでしょうか?
私たちの宇宙に相転移が起こるかもしれない

この問いに答えるには、物理学でいう「真空」の意味を知る必要があります。
物理の真空とは「空っぽの空間」ではなく、「これ以上エネルギーを下げられない、いちばん安定した底」のことです。
安定な底にいるなら終末が訪れなさそうに思えますが、問題は底が1つとは限らないことです。
あなたが今、ある谷の底にいるとしましょう。
見渡すかぎり山に囲まれていて、ここが一番低い場所に見えます。
けれど山の向こう側に、今いる谷よりもっと深い谷(安定した世界)が隠れているかもしれません。
1977年、アメリカの理論物理学者シドニー・コールマンは、まさにこの構図を宇宙にあてはめました。
私たちの宇宙は一番深い谷に落ち着いたのではなく、山に囲まれた浅い谷——「偽の真空」に留まっているだけかもしれない、と。

「でも山があるなら大丈夫では?」と思いたくなります。
実際、この山——エネルギーの壁——は途方もなく巨大で、人類がどれほどエネルギーをかき集めても正面から越えることはできません。
たとえ私たちの周りにあるものが偽の真空であっても138億年にわたって安定してこられたのは、この壁のおかげです。
ところが、量子の世界にはやっかいな抜け道があるのです。
エネルギーを一切使わずに、山を”すり抜けて”しまう現象——量子トンネル効果と呼ばれるものです。
山を登って越えるのではなく、山の中をトンネルが貫通してしまう……そんなイメージです。
そしてこのトンネルを抜けて、今の底よりもっと安定した底に到達すると、そこにごく小さな「泡」が生まれます。
この泡の内部は、今の宇宙よりもさらに安定した「本当の底」です。
そして本当の底のほうが安定しているため、泡はまわりの空間を引きずり込みながら、光速に近い速さで膨張していきます。
トンネル効果で生じたたった1つの泡が、宇宙のどこかに生まれるだけで十分です。
宇宙のすべてが、新しい底に向かって変わり始めます。
しかも、新しい底での物理法則は今のものとは異なります。
原子の構造も、力の強さも、すべてが書き換わりうるのです。
いま「当たり前」として私たちが頼っているルールが、丸ごと消え去る可能性があります。
これが真空崩壊、あるいは偽真空崩壊と呼ばれている——宇宙の究極の「衣替え」とも呼べるシナリオです。
ですが偽真空崩壊はの魅力は恐ろしさだけではありません。
小さな量子の世界と大きな宇宙スケールの物理が交わる、非常に奥深い問題でもあるのです。
というのも、週末の種となる最初のトンネル効果は極小の量子現象ですが、その結果として生まれる泡の膨張は宇宙全体に及ぶからです。
そのため偽真空崩壊を研究することで、「小さな世界」と「大きな世界」をうまく結ぶヒントが得られると考えられています。
ただ、宇宙の終わりを「実験」でそのまま調べるのは当然ながら困難です。
そこで物理学者たちは、まったく別のものを使って、この「終末」を”見立てる”ことにしました。

